第2話 俺が姉で姉が猫で

「姉さん!」


 ひしっと姉さんだと名乗る白猫に抱きつこうとしたら、するりと逃げられた。


「なんで逃げるんだよ」


「いやー、なんとなく?」


「それより姉さん今の状況ってどうなってるんだ? ここはどこだ? 実験場は? どうして俺が姉さんに? そして姉さんがどうして猫に?」


「はいはい、少し落ち着きなさい。話をする前にあなたの元の身体は処分しちゃいましょうか、そのまま置いておくと腐ってにおってくるわよきっと」


「俺の体……」


「もうその体は使い物にならないから、そうねチップだけでも取り出しておくとなにかに使えるかもしれないから、それだけ抽出してから処分しましょうか」


「俺の体……」


「仕方がないでしょ、死んだ肉体は生き返らせられないのよ」


「そう、だね、わかった、それでチップの取り外しは──」


「私がやるわ、機体とのリンクも済ませているから、少しこちらをみたいでどいていなさい、見ていて気持ちいいものじゃないからね」


 そういう白猫は目を閉じた。すると操縦席内に機械アームが出てきた。このアームは治療や緊急時の薬剤投与などに使われるものだ。俺は極力見ないように後部座席へ移動して座席に座る。


 ここでいうチップというのはBMICと呼ばれる【ブレイン・マシン・インタフェース・チップ】のことで、脳内に直接マイクロチップを埋め込むことで電子機器を思考だけで操作出来たりするものだ。


「はぁ、なあ姉さん、姉さんはなにがあったか覚えてるんだよな」


「ええ覚えているわよ、たぶんあなたもそのうち思い出すとおもうわ」


「よし、取り出したわよ、このチップはどこかに仕舞っておきなさい、なにかに使うこともあるだろうからね」


「うん、わかったよ」


 伸びてきたアームからチップを受け取り、操縦席内にある収納スペースにあったケースになおしておく。


「それから、あなたの体は衣服を脱がして埋めちゃいなさい」


「えっ」


「さっきも言ったけどこのままじゃ腐るだけだからね」


 自分の身体を処分するなんて流石に思うところはあるけど、このまま置いていても仕方ないからな。下の座席に移動して、極力顔を見ないように専用スーツを脱がす。下着などは履いていないので、スーツを脱がすだけで全裸になる。


「よいしょっと」


 自分の体を機体の外にまず出して俺も外へ出る。そこから見えるものは緑色をした木々が生い茂っている景色だった。そろそろ日が沈むのか太陽の位置が低い。再びしたいを持ち上げると機体の腕が伸びてくる。どうやら姉さんが操作してくれているようだ。


 手の上に体を乗せて俺も乗ると腕が移動して地面に降りた。そこから体を下ろした所で姉さんが「少し離れていなさい」という声が聞こえたので、体を抱えて少し離れる。機体の腕が動き土の地面にそこそこの太さの穴を開けた。


 俺はその穴に自分の身体を寝かせる。改めて見ると体全体が青白いが、これはコールドスリープの結果だろう、そして体に空いている穴を見た所で不意になぜこうなったのか思い出した。


「うっ」


「ケイカ大丈夫?」


 いつの間にか白猫が俺の隣に座っている。


「大丈夫、少し思い出しただけだから」


「そう? 無理はしないでね」


「うん」


 いつまでも自分の死体を見ていても仕方ないので、心臓のある位置に手のひらを添えて敬礼をする。隣の白猫もこころなしか頭を下げている。胸に添えた手からはスーツで遮られていてよくわからないが触り慣れない感触を感じて戸惑った。


 いつしか辺りが茜色に染まり暗くなり始めている。急いで機体に乗り込み搭乗口を閉めて、機体の手を動かし俺の死体に土をかけた。それにしてもここはどこなのだろうか、研究施設から一歩も出たことのない俺からすると全てが未知なんだけどさ、脳内に埋められているBMICのおかげでパニックを起こさずに済んでいるのだろう。


「姉さんに聞きたいことがあるんだけど」


「なにかな?」


 白猫が俺の乗っている後部座席まで移動してきて横に座る。機体の中は空調システムが働いてちょうどいい気温が保たれている。


「どうして姉さんは俺を姉さんの体に入れたのか、その今姉さんが使っている白猫の方に入れても良かったんじゃないかと思って」


「それはあなたが本当に危ない状態だったからよ、それに意識もなかったからね白猫にも移せなかったのよ」


「なら今からでも──」


「それも無理ね、元々この白猫のBMICは旧型でね、再度の移行には耐えられないのよね」


「そんな……、俺を見殺しにしても良かったのに」


「馬鹿言わないで、ケイカは私の大切な弟なのよ、見殺しになんてできるわけ無いでしょ。それにケイカが私の立場ならどうした?」


「それは、たぶん同じことをした」


「でしょう? それにこの体も存外悪くないわよ」


「猫のからだが?」


「そうよ、それにねBMICが旧型で移行は出来ないけど、移植はできるから」


「それじゃあ今からでもこの体に」


「無理なことはわかっているでしょ、それを仮にしたとしても、どちらかがというよりも二人とも死ぬ可能性のほうが高いわよ、もしやるとしたらちゃんとした設備のある所でやらないとね」


「施設って、ここがどこかわからないけど近くにはなさそうだよな」


「そうね、機体のデータにもあてはまる地形データは存在しないのよね」


 本当にここは一体どこなのだろうか。

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