第6話

 外気が急激に冷え込み、雑踏ざっとうが耳に届く。

 ため息で両手を温めながら、まぶたを開ける。

 指の間を広げると、北櫟きたくぬぎ駅のホームにあふれかえる中学生が目に入る。

 間違いない……今日はくぬぎ高校の受験日で、いまはその帰りだ。

 だが、なぜ今日に戻ってきたのか、もう少しのところで思い出せない。

 小雪がちらつく中、すぐ前を歩くのは、中学の冬服を着込んだ小木さんだ。

 一緒に黄色い線の外側を進み、少しでも人がいないホームの先端を目指している。

「まもなく、2番線に緑ヶ丘公園行の列車が参ります。危ないですので、黄色い線の内側までお下がり下さい」

 黄色い線の内側に入る余地はない。何だか嫌な予感がする。小木さんの挙動きょどうとホームの群衆ぐんしゅうに細心の注意を払う。

 歩きながら少し背伸びをすると、すし詰めのホームの先端はまだ空いているとわかる。

 同時に、人の流れが止まってしまう。その場で振り返ってみると、電車は湾曲わんきょくしたホームでまだ見えない。

「すごい人混みだね」

 小木さんの声に振り返る。

「ああ、ここで上手くやり過ごすしかなさそうだ」

 お互いに苦笑いを浮かべる。

「早く採点して、安心したいね」

 櫟高校に合格したことはわかっているが、当時と同じ答えを返す。

「ギリギリ受かっているといいんだが……」

「大木なら大丈夫だよ」

 ひじをポンポンと叩かれる。不意に懐かしさが込み上げてくる。こうしてひじを叩かれたのは、この日が最後だ。

 小木さんは彼女がいる男子にボディタッチしない。それで思い至る。この群衆の中に、将来結ばれる相手がいる。

 最も、どう出会えばその相手と結ばれるのか、皆目見当もつかない。

 小木さんは一つ頷き、再び前を向く。やがて人が流れ出し、前に進む。

 すると、ホームの中央から怒鳴り声が聞こえてくる。

 人が押し出されないか警戒しながら、いつでも小木さんを支えられるように一歩近づく。小木さんの髪が風に巻き上がり、あごのあたりをなでる。

 そして、レールが甲高い音を立てて軋み出す。

 電車はうまく減速が効かないまま入線してくる。

 合否について怒鳴り合う声はちょうど真横に来る。

「お前なんか落ちてしまえ!」

 乱暴な言葉に一層警戒を強めたその時、桜色のハンカチが一枚、小木さんのポケットからこぼれ落ちる。

 素早くかがみ、足元に落ちたそれを拾い上げる。

 同時に、真横の列の先頭から、小柄な女子中学生が勢いよく押し出される。

 体勢は悪いが、想定の範囲内だ。

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