第5話

 しんと静まり返る中、現実味のない部室を見渡す。

 大部分は黒一色に染まっている。黒はどこまでも黒く、何もない。

 白い輪郭線りんかくせんは、大まかな間取りを示している。畳に目はないが、縁はある。壁に陰影いんえいはないが、扉と窓はある。

 そんな中、部誌の輪郭線だけは、ページがわかるほど精巧に作り込まれている。

「この部屋の違和感に気づいて」

 再び脳内に小木さんの声が届いてほっとする。まだチャンスをくれるらしい。

 さて、違和感と部誌は関係していると見て間違いだろう。

 あとは見方の問題だが、迂闊うかつに答えたらどうなるかわからない。

 脳内の小木さんと何か会話できないか試みる。

「さっきのは一体なんだ? 本物の大木悠真はどっちだ?」

「大木は大木だよ」

 意外と早く返事がくる。

「私にとって大木は、おともであり、助言者じょげんしゃであるの。彼と貴方は別の身体を持っているけど、大木であることに変わりはないわ」

 納得はいかないが、理屈はわかる。

「さしずめ、あいつはお供か」

「そう。彼はどんな矛盾さえ受け入れてくる。一方で、貴方はどんな些細ささいな点も気にかけてくれる」

「些細ねぇ……その主観はあてにならないな」

 反抗心からの言葉に、小木さんは嬉しそうに小さな笑い声を返す。

 そこで、小木さんにとって些細であり、客観的に重大な問題があると仮定する。

 部誌に問題があるとすれば、製本されていること。だが、予定日とのズレは不正解だった。

 では、製本した場所は? 方法は?

 些細なことだ。おそらくは部室で、いつもの手順で製本したのだろう。

「この部誌は、部室でいつも通り製本したんだな」

「うん」

 唇を固く閉じた小木さんを思い出す。

「あの筆箱は、いつ忘れたんだ?」

「五月五日、今日だよ」

「今日は部室で誰かと会ったか?」

 にわかに沈黙が降りる。それを答えと受け取る。

「違和感は、部誌が製本されていること。理由は、小木さんが一人で製本したからだね」

「正解だよ」

 小木さんは哀しそうな声色で続ける。

「それじゃあ、過去に行こう。目を瞑って」

「なあ、小木さん。この記憶は、大木悠真が知り得ないことじゃないか?」

 他にもいくつか疑問を整理していると、強制的に体が動く。

 白い輪郭でできたシワのない十本の指を見下ろす。

 そのまま黒一色の掌に顔が埋まり、思わず目を瞑る。

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