第4話

 唐突に、廊下を曲がる足音が聞こえてくる。

「誰なんだ?」

 脳内の小木さんは何も答えない。

 仕方なく、誰かが来るのを座して待つ。

 足音は二重扉にじゅうとびらの前で止まる。次いで、鍵を開ける音がして、順々に扉が開かれていく。

「あれ? なんで大木がいるの?」

 本物の小木さんが現れる。驚いた様子で、片足を上げたまま硬直している。

 白い靴下は、欄干に足をかけたときと同じものだ。あれから時間が巻き戻ったのだろうか。

 質問には苦笑いを返す。

「気づいたらここにいたんだ」

「なにそれ」

 小木さんは静かに笑う。

 そうして、部室に入ってきて、座卓の向こう側から見下ろしてくる。

「案外、私の幻覚だったりして」

「そうかもな。ところで、小木さんはなんでここに?」

 一瞬、唇を固く閉じる。こんなとき、小木さんは何かを隠している。

 だが、何を隠したかはわからない。

「忘れ物を取りに来たの」

 小木さんは少しかがんで、部誌の山の影からたまご色の小さな筆箱を取り上げてみせる。

「なるほどね」

 頷く間に、筆箱は制服のスカートのポケットにしまわれる。

 それから、小木さんは座卓を回り込み、鍵束かぎたばかかげて音を鳴らす。そこに違和感を覚える。

「大木はまだ残る?」

「……あれ? 密室に閉じ込められていたのか?」

 小木さんは怪訝けげんな顔を浮かべる。

 いつまで経っても脳内に声は届かない。それを答えと受け取る。

 結局、ここは現実じゃないし、この部屋の違和感もわからず終いだ。

「……なんでもない。忘れてくれ」

「ほら、帰るよ」

 呆れ顔の小木さんに手を差し伸べられる。

 その手を取って起き上がる――はずだった。

 体からもう一つ体が現れる。そいつは小木さんの手で起き上がり、仲睦なかむつまじく見つめ合う。

「え?」

 急いで体を確認すると、全身は黒一色に白い輪郭線で描かれた何かに変わっている。

 小木さんとそいつは、手を繋いだまま、世界の色もろともに去っていく。

 不思議と言葉は出てこない。この部屋の違和感に気づかなかったのだから、取り残されてもしかたない。

 やがて、部室は黒と白に染まり、二重扉に鍵がかかる。

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