第3話

 文芸部の部誌の枯葉色が目に飛び込む。

 失われていた記憶は急激に戻ってくる。

 ここはくぬぎ高校文芸部の部室で、和室にはいつも通り座卓が置かれ、その上にはなぜか製本された部誌が50部置かれている。

 製本作業は本来、ゴールデンウィーク明けに3人総出で行うはずだった。

「大体、なぜここにいるんだ?」

「それは大木を試すためよ」

 耳元で意気消沈した声がする。

 すぐに小木さんの声とわかり、瞬時に振り返る。

 しかし、背後には誰もいない。

「この部屋の違和感に気づいて」

 小木さんの声だけがこだまする。

 ここは確かに部室だが、この空間が現実かどうかは怪しいものだ。

 最も、小木さんの声が答えになるとは思えない。

「……違和感ね」

 昼下がりの窓には、詰め襟姿の冴えない男子高校生がうっすらと映っている。やはり、体は取り戻せたらしい。

 ほっとため息を吐く。

 それから、正面に座り直して、部室を見渡してみる。

 間取りに変化はない。いつも通り、十六畳で、仕切り板は収納されており、扉が二つ、引き戸が二つ、窓が一列あるだけだ。

「……難しい間違い探しではないだろう」

「……」

 この部屋の中で、製本された部誌だけが明らかにいつもと違う。

 確認のため、一冊手に取ってみる。

 枯葉色の表紙をめくる。だが、目次やページ数に変化はない。おそらく作品内容も変わっていないはずだ。

 すると、製本自体が答えか。

「一つ、質問に答えてほしい。いまは何月何日だ?」

 少し間があくが、小木さんが答えるまで粘る。

 いまがいつかわかれば、製本の予定日をもとに、おかしな点を答えられるだろう。

「……五月五日だよ」

「じゃあ、いま部誌が製本されているのはおかしい。本来、製本作業はゴールデンウィーク明けだ」

 脊髄反射でそう答える。

 やはり、ここは現実ではないと確信する。

 そのとき、小さなため息が聞こえてくる。

 長い付き合いだからわかってしまう……どうやら小木さんは深く落胆したらしい。

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