第2話

 カンと軽い金属音が響いて、欄干に足をかけた小木さんが視界に映る。

 すでに小木さんはもう片方の足を上げている。

 不自然にゆっくりと時が進む中で、その動作は十分すぎるほど速い。

 悠長に深層心理の話を聞いている時間は無さそうだ。

 しかし、体はびくともせず、ベンチから起き上がれない。

「おい、体を自由にしてくれ。いま助けに行く」

「それは無理です。この体は私のものですから」

「なら、お前が助けに行け。いますぐ危ない真似をやめさせるんだ」

「そう慌てなくても大丈夫ですよ」

 カンと軽い金属音が再び響き、いつまでも余韻が続く。欄干にかけた足は止まり、宙を舞う紙片も止まる。どうやら時間は完全に止まったらしい。

 ひとまずそれで安心する。

「時はいつか動き出します。そのとき、本当の意味で小木さんを助けられるのは大木さんだけです」

「この場にいないのに、どうすればいい」

「こちらで都合を付けます。その前に、大木さんにはある場所に行って、記憶を思い出してもらいます。その後、しかるべき過去を経験して、この場所に戻る運びとなります」

 なんとも現実味のない話だ。

 だが、現に深層心理と直接話せている。少し遠回りをすれば、小木さんを助けられると言っている。

 なら、悩むことはない。ちぎられた手紙の宛先人になろう。

「わかった。お前に任せるよ」

「いつもありがとうございます。それでは早速移動しましょう」

 いつも、という言葉に疑問符が浮かぶ。

 まあ、記憶を思い出せば済む話だろう。

 深層心理はまぶたを閉じて、春の河川敷は黒一色になる。

「着きました。まぶたを開ければ、大木さんは元の体に戻ります」

「随分と早いな」

 微かに口角が上がる感覚がある。

 それが深層心理と感覚を共有した最後となる。

「全てが上手く行ったら、こちらから大木さんに手を振ります。それでは、ご武運を」

 意味深な台詞に眉をひそめる。それで元の体に戻ったことを悟る。

 ひとつ深呼吸をする。古い畳の匂いに混じって、新しいコピー用紙とインクの匂いを微かに感じる。

 閉じられたまぶたを、意を決して開ける。

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