第53話 平和
「本当にごめんなさい。調子に乗りました」
母も強かった。
ボコボコになって、荒縄でグルグルに縛り上げられたアビノンが殊勝なことを言う。
気絶から回復したパパとママの仕事である。
「お前! 国から借りたマジックバックを売り払って私物を買うなど! この借金もあるのに!」
借用書を振り上げるビシウィ。
「あ、それ?」
ケロリとしているアビノン。
「その借金は大丈夫。ボク、考えたんだ! 簡単に解決するよ!」
「「「ん?」」」
首をひねる3人。
「おばさんに頼めば、1発だよ!」
ドヤるアビノン。
「できるかぁーー!」
「ゲフンっ!」
ママエルフの蹴りが飛ぶ。
「なんでだよ! おばさんなら即金だよ、そんな端金!」
縄でグルグル巻きなのに、ぴょこんと立ち上がるアビノン。
「お、お前は! お前は女王陛下をなんだと思ってるんだぁっ!!」
キレるビシウィ。
「だってパパの妹でしょ? 頼めば助けてくれるって」
ドヤるアビノン。
「「「「は?」」」」
固まる4人。
「確かに女王陛下の御髪は、ビシウィ殿と同じ金と緑でしたが」
我に帰るフェノン。
「え? アビノンって王族なの?」
戸惑うマルコ。
「実質、お」
「「違います」」
否定するパパとママ。
「今代の女王陛下は、確かに私の妹ではありますが、私もアビノンも王族ではありません」
説明してくれるビシウィ
「エルフの王族はハイエルフですが、ハイエルフというのは、一族ではありません。エルフから突然、生まれます。それで、生まれたハイエルフが王族として育てられるのです。同じくハイエルフからハイエルフが産まれる訳ではありませんので、その場合は市井で暮らします」
「「「「へえ…」」」」
知られざるエルフの生態。
「そういうこと! だからおばさんに頼めば解決だよ! さあ、パパ、頼んでよ!」
ドヤるアビノン。
◆◆◆◆◆◆
「本当に本当にごめんなさい。調子に乗りました」
グルグル巻きにされた上、大きな石を膝の上に乗せたアビノンが殊勝なことを言う。
6人の共同作業である。
「必ずお支払いは致しますので」
神妙なビシウィ
「ええ、よろしくお願いします。無理を言うつもりはありませんので」
がっちりと握手するフェノン。
「改めまして、クヌギだけでなく、わが子まで救って頂きましてありがとうございます」
「いえ、それは私ではなくマルコに」
「左様でしたか。マルコ様、重ねましてありがとうございます」
深々と頭を下げる両親。
「いえ、たまたまですので」
照れるマルコ。
「ほらアビノン、お前もちゃんとお礼を言いなさい」
「ありがとうございました」
石を抱いたままペコンと頭だけ下げるアビノン。
「「「「……」」」」
冷たい4人。
「ところでさ、マルコ」
図太いアビノン。
「……なんだよ?」
冷たいマルコ。
「ネムはどうしたの? また触らせてよ」
「は? 何言ってんだよ、ここに……」
自分の肩を見るマルコ。
「ここ……」
自分の肩に手を伸ばすマルコ。
「こ…え? あれ? ネムは?」
自分の肩を見ながらクルクル回るマルコ。
「「「ホントだ!!」」」
驚く3人。
「どうしたのよ、マルコ!? ネムがいないわよ!?」
「ネムがいない」
「確かにいつも肩に付いてた無価値な綿埃がないな」
「ネム!」
呼んでみるマルコ。
しかし、返事はない。姿もない。
「言われてみれば……ずっといなかった気がするわね」
「猿にトドメを刺したときは光ってた」
「ムダに膨らんでたな」
「え? ネム? おい! ネム!」
ネムを探すマルコ。
4歳に発現して以来、ずーーーーーーっと一緒にいたネムである。
離れたことなど、1分となかった。
そのネムがいないのだ。
1週間近く。
誰も気付かなかったけど。
普段、幻視獣は姿を消しているのが普通なので、ほとんどの人は気づかなくて当たり前なのだが、マルコが気付いてないのはさすがにいかがなものかと思う。
「マルコ」
ポンとマルコの肩に手を置くフェノン。
「フェノン! どうしよう、ネムがいないよ」
「うむ。いないな」
落ち着きはらったフェノン。
「どうしよう!? どうしたんだろう!?」
「いいか、マルコ」
噛み含めるように話すフェノン。
「アイツはな、成仏したんだ」
「え?」
「最後に、望外の強敵を倒すことができて満足したんだ」
「え? そんな…!? まさか! …え!? マジで??」
「うむ。マルコがそんなに不安がっていてはヤツも浮かばれまい。早く忘れるんだ」
ガシッと両手を肩に置いて、力説するフェノン。
「いや、でも、ええっ!?」
戸惑うマルコ。
「分かるか? 1週間いなくても平気だったんだ。これから先、いなくて困ることがあると思うか?」
「…………」
考え込むマルコ。
「…アレは…、いや、あれも別に、え?でも…なんか、こう…あ、あの時…もいなくて良かったな……あれぇ? えーっと……」
ブツブツとネムとの生活を思い出すマルコ。
「フェノン?」
ちょんちょんとフェノンをつつくリナ。
ウンウンと腕を組んで頷いているフェノンが振り向く。
「どうした?」
「そんな事ってあるの?」
「聞いた事ない」
目をパチパチさせるフェノン。
「私もないぞ」
「「え?」」
「ないが、なくて困らないんだからそれでいいだろう」
「「え?」」
「2人にとってもいい話だぞ?」
「「え?」」
「今度、リナがマルコとパフェを食べに行くだろう? メルも美術館に行く」
「「そうね」」
「今までだと、そこに必ずあの毛玉があったんだ。それが、完全に2人っきりだ。な?」
「「…………」」
考える2人。
「「成仏したなら仕方ない」」
「どうしよう、フェノン! ネムがいて良かった思い出がほとんどないんだ!」
オロオロするマルコ。
「うむ。そうだろう。少しでもあったんなら十分だ。だから安心して逝かせてあげよう」
「そうだね……。炎天猿帝なんて実力以上の大物を仕留めたんだ…。いい最期だったんだね」
悲しむマルコの肩をそっと抱くフェノン。
「では、失礼します」
寂しそうなマルコを連れて、嬉しそうな3人はビシウィの下を辞去した。
「……幻視獣がいなくなったとか言ってたけど気のせいだよな?」
ビシウィ。
「そう聞こえた気がしますけどね? 幻視獣って確か、人間だけが得ることのできる貴重な力ですよね?」
ママ。
「ああ…そのはずなんだが……その割に平気そうだったよな?」
首をひねる2人。
「父上……! 母上……! 大事なお話があります……!」
石を抱いたままのアビノン。
グリンとわが子を振り返る両親。顔が怖い。
「私は……! 私は旅に出ようと思います……! この度、外の世界に触れ……、 私は自分の見識の狭さを実感致しました……! 父上と母上の庇護のもとを離れ……、鍛えたいと存じま……あれ? パパ? ママ? 何? え? ちょっ……」
――ぎゃああああ――
クヌギの国に平和が戻った。
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