第54話 確認

「忘れ物はないな?」

フェノンが声をかける。

「「「だいじょーぶ」」」

「よし、では出発だ!」

「「「「よろしくお願いします!」」」」

馭者エルフに礼する一同。


馭者エルフが手綱を振ると大きな馬車が音もなく動き出す。

荷台が3台も繋がっていて4頭の馬で引く馬車だ。

人が乗るところ、報酬が乗るところ、赤猿が乗るところ、の3台だ。


荷物を運ぶ手段がないと言ったら、馬車と馭者まで貸してくれた。

摩訶不思議なエルフ工法で作っているので、足回りが軽く、揺れも少ない。

メクジラのミスリル馬車よりも快適だ。

借してくれと頼んで脅迫していたミスリル馬車はさっさと断った。


「乗ってないな?」

「荷物を改めましょう」

「猿も調べないと」

「見つけたら蹴り落とそう」

「縛るのを忘れるな」

「パーフェクトシールドも辞さない」

「次は炸裂弾ね」

「「「そうしよう!」」」


何やら物騒なことを言っている。

言っているが、理由がある。

昨日、ビシウィの下を辞去した後から出発する今日の昼前までの短い時間に、実に5度、5度である。

ヤツは黒光りするあの虫のごとく現れた。


アビノンである。


初手は普通に頼みに来た。

口を開くと同時に断った。

その次からは密入だった。

切り替えが早い。

後、ムダに能力が高い。


見つけては、縛り上げ、ビシウィの下に放り投げる。

しかし、また現れる。


遂には、馬車に潜り込もうとしたアビノンを発見したリナが拘束弾をぶっぱなした。

可愛いクマやシカが楽しそうに遊んでいる絵が描かれた塀に、傷だらけのエルフが縫い付けられている様はなかなか迫力があった。


普通に考えればあの拘束を抜け出すことなどできない。

しかし、油断はしない。

ヤツは裸で宇宙空間に放り投げても生き延びそうな人外の何かを感じる。

人ではなくエルフだが。


3人は慣れた手つきで荷物を調べる。

自分の荷物、後ろの荷台に移り山と積まれた宝物、更に後ろに移り猿の体に異変がないかも探す。

馬車の屋根や、車軸も確認する。

マルコはそれを見ていた。


「「「いない」」」

3人で確認する。

「いないな」

「ええ。少なくとも現時点ではいないわ」

「ラゴの気配察知でも見つからない以上、いないと判断していいだろう」

「お疲れ様。ありがとう」

水筒からお茶を入れて3人に渡す。

お茶はコップの半分より少ない所までしか入っていない。

こぼすからだ。

馬車の中など、不安定な場所では半分よりたくさん入れてはいけないと教えられている。

お茶を用意したのがフェノンで、コップを人数分揃えたのはリナだ。


「「「ありがとう」」」

お茶を受け取る3人。

すかさずリナがおやつを取り出す。

今日のおやつはチョコチップがたっぷり入ったソフトクッキー【ビレッジダディ】だ。

バニラとココアの2種類がある。


「まぁ、しばらくは大丈夫でしょ」

さっそくモグモグしながらリナが言う。

「「「そうだな」」」


「油断は出来んがな」

「「「そうだな」」」


「隙間からニュルっと染み出してきそう」

「「「そうだな」」」


「1匹見つけたら30匹はいそうだしね」

「「「それはない」」」

「なんで俺にだけ冷たいんだよ!?」


大きな仕事を終えた達成感と解放感に浸りながら、快適な馬車の旅が始まった。



◆◆◆◆◆◆



進み始めて2日目の夕方、それは起こった。

間もなく次の街に入り宿を取ろうとしていた矢先の出来事だった。

快適だった馬車が大きく揺れる。

馬の嘶きも聞こえる。

ドヤドヤとやかましい声。

盗賊のお出ましである。


「出たか」

「目立つものね」

「獲物が来た」

スっと戦闘態勢に入る3人。

青くなるマルコ。

「トランプで酔った……」

大貧民でけちょんけちょんにされたマルコだった。


「そこでぐったりしておけ」

「すぐに片付くわ」

「金目のものは全部巻き上げる」

盗賊よりも盗賊体質な3人が躍り出る。


その後は一方的だった。

当たり前だが勝負にならない。

10人ほどの盗賊は、大きな馬車に舌なめずりし、飛び出して来た3人の美少女に取らぬ狸の大快哉を上げたが、わずか5分ほどで快哉を悲鳴に変える余地もなくボコボコにされ、捕らえられた。そこまでは良かった。


――それは確かに油断ではあったか。

馬車に被害が出ないように、馬車から少し離れた場所にいたのも、結果的には失敗だった。


盗賊を縛り上げているそのさなか、森の茂みから馬車を目掛けて炎が走る。



「何っ!?」

「まっ!?」

「くっ!?」

完全な不意打ち。

それも自分たちではなく、離れた馬車を狙った一撃。


馬車へと飛び出すフェノン。

飛び出すフェノンにシールドを張るメル。

魔法が飛び出して来た辺りへ、マシンガンからスタン弾をばら撒くリナ。


術者の悲鳴が上がる。

しかし、フェノンは一歩及ばず馬車に炎が直撃する。

「「マルコー!」」

叫ぶ2人。

上がる爆炎。


「なんだ?」

中途半端な態勢のまま止まるフェノン。


「え?」

「なぜ?」

遅れて戸惑う2人。


3人の目の前で、馬車を巻き込み火勢を増すはずの炎が、みるみる消えていく。


炎が消え、風が煙をかき消す。

その先にいたのは、金と緑の髪。

人形めいた中性的な容姿。


「な!?」

「どうやって!?」

「まさか!?」

それはそこにあるはずのない姿。




「「「女王陛下!?」」」

3人の絶叫が響いた。


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