第49話 交渉
「此度の働き、心より御礼申し上げる」
透き通った声が厳かに響き渡る。
クヌギの国女王からの直々の言葉である。
女王の放つ威厳とカリスマ性に、己に恃むところ盛り沢山な冒険者たちですら、神妙な顔をしている。
その後、褒賞や勲章などについての発表があった。この辺りは下交渉が済んでいるので、さほど驚く話ではない。
『にしてもこんなの貰って良いんだろうか?』
◆◆◆◆◆◆
「これとー、これとー、この辺もいっときましょうか」
「こっちじゃ、みっともないでしょう、こっちにしときましょう」
「いやいや、どうせなら、どーんとこっちに」
「「そうですなぁ! はっはっは」」
「え!?そんなに!? え、いや、ありがとうございます」
「それはいいが……おい!酒はまだか! 救国の英雄様に何を考えてるんだ! おーい」
「え?お酒ですか?」
世話役のエルフが驚く。
「何が、え?だ。 酒だ酒。めでたい席だぞ!」
「は、はい、た、ただいま」
「早くしなさい!まったく」
「あ、いえ、お気遣いなく…」
パタパタと駆けて行くエルフを見送りながら、しどろもどろのウノ。
「いやー、申し訳ない。あまりお客様をお迎えする機会がないもので、不調者ぞろいでして」
一転、ペコペコするエルフ。
保守的で排他的と言われ、実質鎖国状態のエルフとの交渉ということで、かなり気合いを入れて乗り込んだ一行は、見事に肩透かしを食らった。
熱烈歓迎、もう国賓級の扱いだった。
多分。
場の雰囲気が、どっかの居酒屋みたいだが。
褒賞の下交渉で酒を出すなんて聞いたことがないメクジラは困り倒していた。
冒険者と国の下交渉といえば、ぶんどりたい冒険者側と、絞りたい国側との表に出すと色々問題になりそうな、えげつないやり取りと相場が決まっている。
断じてこんな和やかな雰囲気のものではない。
実際のところ、国同士の付き合いが乏しいエルフは、
どっかの公式の使節団とかではなく、フランクが信条の冒険者とあって、すっかり安心しきったエルフ達だった。
「あ、おい、こら! それじゃないだろ! 何考えてるんだ! そんな安物出すな、恥ずかしいだろ!
「あ、す、すみません!」
せっかく持ってきたお酒にダメだしされて、またパタパタ駆け戻るエルフ。
「なぁ、今のって…」
ドスがコソコソとトゥレスに聞く。
「ああ、
トゥレスもコソコソ答える。
「おや! お詳しそうですな!」
さっきから酒酒言ってるエルフが食いつく。
「え!いえ、詳しくは…口にしたことはありませんし…」
「おお! さようですか! 人間の国に出回ってるのは、青竹と呼ばれる安物がせいぜいでしょうが、まあ私に言わせれば偽物ですよ、あんなもん。ぜひぜひ、今日は枯竹を! ええ、ぜひ!」
「は、はあ……」
勢いに押されるトゥレス。
完全に、久しぶりにあったら大人になってた甥っ子に酒を勧めるおじさんのノリである。
「あ、どうせでしたら飲み比べますか? それがいいでしょう! おーい、一通り持って来ーい」
「ええっ? 一通りですか?」
「もう、いいから早くしなさい!」
「は、はいすみません」
せっかく枯竹を持ってきたエルフがまたパタパタ駆け戻る。
仙人竹は、樹齢によって竹の色が変わる。
若い頃は青、成熟してくると緑、そこを過ぎると茶色、枯れると黒くなる。
枯竹というのは、竹が枯れるまで熟成させた逸品である。
ちなみに仙人竹の寿命は1000年を超える。
「私は、これより、こっちの方が好きな気がするが……うーん? あれ?これか? まったく分からんな」
運ばれて来た飲み比べセットを遠慮なくパカパカ空けながら首を捻るのはフェノン。
「アンタに違いなんて分かるわけないでしょ? 『よってこ』専なんだから」
言いながらゆっくりと飲み比べるリナ。
「白までいくとちょっと香りがキツいわね。その手前のが好きかな。あ、これ、もう一つ下さい」
リナは味の分かるザルである。
逆にタチが悪い。
ちなみに『よってこ』というのは『庶民のカメレオン』の愛称で人気の焼酎で、割っても混ぜても飲みやすく、価格も安い。
酔えればいいと言う飲兵衛御用達の酒である。
料理は作るのも食べるのも繊細なフェノンだが、酒に関してはかなり味音痴である。
底なしだが。
「この白いのが美味しいね」
枯竹を、大きなコップで水みたいにがぶがぶ飲むマルコ。
1番のオオウワバミである。
「お、おい、お前ら、そ、それいくらすると?」
青ざめるウノ。
家が建つ。
「いや、なかなかいい飲みっぷりで! あ!そうだ!『
「な、縄継? は、初めて聞きますが?」
異様な景気の良さにトゥレスは戸惑いっぱなしだ。
「まあ、エルフ以外が見ることないでしょうから。コイツは旨いですよー。エルフでも滅多に呑めませんからねぇ。おい、縄継出せ、縄継!」
「えっ!? 縄継ですか!? いいんですか!?」
戸惑いまくる世話役のエルフ。
「いいに決まってるだろ! 今日出さないでいつだすんだよ!」
普通、下交渉の席で酒は出さない。酔っ払ってする事じゃないから。
授与式の後の晩餐会なら分かるが。
「ああ、すいませんね。今、来ますんで。楽しんで下さい」
「え? いいんですか?」
2杯目の枯竹をするりと空けたマルコが嬉しそうに聞く。
「いいんですかじゃねえよ! ダメに決まってんだろ!ダメに!」
常識人のウノ。
「いやいや、そんなお気になさらず、安いもんですから」
「「んなわけあるかぁ!!」」
ウノとトゥレスがハモる。
「これ、おかわり!」
盛り上がる3人を尻目に、『3人で楽しそうにしやがって』とヤケジュースを飲むメル。
メルは下戸だ。
「いや、そのリンゴジュースもめちゃくちゃ貴重だから…って、おい! ジョッキで頼むな!!」
ドスがアワアワと止めるが、聞くわけがない。
マダラリンゴという、エルフしか育てられない超貴重で超希少なリンゴを惜しげもなく生搾りにしたジュースだ。
それがなみなみとジョッキに注がれて運ばれてくる。
メルの飲んでる分だけで1年は遊んで暮らせる。
「いやー、しかし激闘だったのですねぇ…。あれだけの盾があそこまで壊れるとは」
一通り大騒ぎして楽しんだ頃、話題が変わる。
もう褒賞の話なんてほとんどしてない。
事実、机の上に広がっているのは酒と肴だ。
「「………恐れ入ります」」
そっとグラスを置いて、明後日の方を見るリナとドス。
「トゥレス殿も愛剣を失くされたとか?」
「「はぁ…まあ……なかなかに、ええ…」」
「クアトロ殿のそのケガなど…私などには想像ができませんな」
「「ええ、その、お心遣いありがとうございます」」
一昨日の方を見るウノとクアトロ。
クアトロ1人だけ、青タンがあったり、顔が腫れてたりとボロボロだ。
知っての通り、やったのは猿では無い。
戦ってないから。
下手人はウノである。
ウノがシンコにプロポーズすると聞き、錯乱したクアトロがウノに襲いかかり、見事返り討ちにあった結果である。
「「「「「「激闘でした」」」」」」
こうして報酬の釣りあげに成功した一行であった。
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