第36話 スプラッタ

「しっかし、右も左も上も下も猿だらけね。下にはいないけど」

オモチャみたいなピストルからパスンパスンとオモチャみたいな音を立てつつ、ゲッソリしたリナが言う。

適当に撃ってるだけのように見えて、寸分の狂いもなく不眠猴の頭を撃ち抜いている。

そして、オモチャみたいな音のくせに着弾と同時に不眠猴の頭が爆散する。


「探し回るよりは、楽かもしれんが…な?」

屋根の上で黒い刀を振りながらフェノンが応える。

肘から先程の長さしかない、わずかな反りがある片刃が黒い影を残す度、猿の頭がコロコロと転がり落ちる。

残った猿の体を蹴飛ばせば、猿が落ちるより先に次の屋根へとふわりと飛び移り、逃げ惑う次の獲物を仕留めている。

挙動は静かだが、瞬間移動かと思うほど速い。


「ウノさんと違ってさ……」

マルコが周りを見渡す。

森の小人さんがお茶会をしそうなファンシーな街並みの中、首を落とされた猿から噴水のように血が噴き出している。

「スプラッタ」

ビシッとサムズアップするメル。



それはそれとして、お仕事である。

血の池地獄にちょっとうんざりしながら、家の前に立つ。

メルがなんかボソっと言うと、ドアがボコンと木っ端微塵になる。

「もうちょっとやり方が……」

「緊急事態」

ちょっと楽しそうだ。


寝室へズカズカと乗り込むと、エルフが横になっている。

衰弱しきったエルフは、闖入者に気づいたようだが、身じろぎすらしない。

「よし、やろう」

マルコが気合いを入れる。

エルフの額に手を当てる。

エルフがビクリと震えるが、すぐにぽやーんと赤くなって大人しくなる。

「チャージ」

マルコが言うと、ネムがふわりと宙に浮かぶ。

そして、ぽわぽわと光りながら、モコモコと毛皮が膨らむ。


「届く程度に浮くし」

「光るし」

「膨らむし」

「的当ての的」

「つつけば解除だし」

「せめて隠れれば」

「隠せないけど」

チャージ中のマルコとネムにズバズバと事実を突きつけるメル。

反応しないように、邪念を振り払うマルコ。

約30秒。

ネムは1.5倍ぐらいに膨らんでいる。

「スレプフリープス」

プシューっとネムが萎みだすのと同時に、マルコの手がポゥ…、ポゥ…、ポゥ…、ポゥ…と光る。

「よし」

10回光り終わるまでに、エルフがすっと目を閉じ、ふっと力が抜ける。


「意外と成功率が高い」

「そうだね。アビノンの時も割りと早く効いたし」

「エルフ特効?」

「……狭すぎる……。まぁ、今はありがたいよ」

メルが頷く。

「次」

「ああ」


家を出ると、フェノンとリナが首なしの不眠猴を一箇所に積み上げていた。

フェノンが蹴落とした猿をズルズルと重そうに引きずるメル。

対照的にフェノンは屋根に残っている猿をポーイと軽々と放り投げている。

「この辺りは片付いた。まとめたら私とリナは先行する。マルコは引き続き治療。メルはマルコを護衛しながら、この猿から引っこ抜いといてくれ」

「「了解」」

不眠猴の心臓の辺りには、奪眠の呪いを使うための【呪臓じゅぞう】という器官がある。

これはそこそこ売れる。


マルコが家に入れるように、3人が家のドアを壊していく。

緊急事態だ。

緊急事態だから仕方がない。

明らかに倉庫っぽい建物の入口を壊してたり、中を物色してたりするけど、なんせ緊急事態だから仕方がない。

何かヒントになるものがあるかもしれないから。


何のヒントかは知らんが。


見慣れた光景をスルーして、マルコは家に飛び込むと、スレプフリープスを連発した。



◆◆◆◆◆◆



城を中心に30度ほど時計回りに回った所で、マルコとメルはフェノンたちと合流した。

「逃げられた」

フェノンは不満げだ。

「まぁあれだけ狩れば逃げるよ、普通」

「そこそこ獲れたんじゃない?」

リナがメルに聞く。

「100程。幾つかは潰れてた」

肩掛け鞄から黒い塊みたいなのを取り出す。

「100か、まあ馬車代にはなるな」

ウンウンと頷くフェノン。

「あ、そうだ。なぜか追加料金が発生してまったから足が出るかもしれんな。いや、これは出るな。困った困った」

わざとらしく言い足すフェノン。

「「「………」」」

そして、じーーっとマルコを見つめる3人。

「いや、馬車代そんなに高くな……」

「「「…………」」」

じーーーっとマルコを見つめる3人。

「…ごめん、て。帰りは頑張るから……」

マルコが謝ると、ニコニコと嬉しそうになる3人。

「ハハハ冗談だ。心配するなクヌギに来てからマルコはしっかり活躍している。ギリギリ利息分ぐらいには足りんがな」

「利息高くね!?」


「とりあえず、ご飯にしましょう」

リナがバックパックから携帯コンロを取り出しながら言う。

「そうだな」

「俺は、この辺りの人を眠らせて来るよ」

マルコが立ち上がる。

「大丈夫? かなり使ったけど?」

近くで見てきたメルが心配する。

「大丈夫。使用回数だけは、伝説級だから」

マルコが笑いながら、腕を曲げて元気アピールをする。

「メルこそ呪臓の取り出しで消耗しただろう。休んでいてくれ。マルコには私がつく。まぁエルフしかいないだろうが」

「ありがとう。じゃあ私は、リナを手伝っ」

「本気で止めて」

食い気味のリナ。

「食材に余裕がある訳じゃないからな」

淡々としたフェノン。

「みんながひどい。マルコ言ったげて」

「俺も、リナが1人で作る方がいいかな、と…。て、痛い! なんで俺だけ殴るんだよ!?」

今回に限って言えばメルの味方はいなかった。


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