第35話 睡魔の力

「解けてないな」

家の中にいるエルフを確認したフェノンが、唇を噛む。

酷いクマと、カサカサの肌。

魔力が枯れているため【清潔】の魔法が使えず、あちこちが汚れている。

真っ赤に充血した目は光なく虚ろで、今にも閉じてしそうなのに、目を閉じた途端、黒い煙がモヤモヤと上がり、目が開いてしまう。

「うぅうう………」

苦しそうな呻き声が胸に刺さる。


入口から突き進み城の手前までの範囲の猿を消したので、呪いのを確認しているが、状況は芳しくない。


「クソっ!根を張ってやがるな」

ドスが悪態をつく。

何人もの術士により、同じ呪いが狭い範囲で大量にばらまかれた場合、呪い同士が複雑に絡まり、呪いを掛けた術士の1人を倒しても、呪いが解けなくなる。

それを『根を張る』という。

こうなった場合の解呪は、術士を全滅させるか、より強い解呪法を使って、ムリヤリ解呪するかになる。


「こっちもダメだわ」

壊れたドアノブを片手にヒラヒラさせながら、リナが首を振る。

鍵が掛かってるから仕方ない。


「マルコは?」

「あっち。メルといるわ」

リナの指した先には、ドアがあったと思われる穴が空いた家があった。


「ひどいな……待ってろよ」

悲壮な表情を浮かべるマルコの前には、ベットに横たわる子どものエルフがいた。

可愛らしい内装を見るに女の子だと思われる。

今にも干からびそうに弱りきっている。

マルコは、子どもの頬をその柔らかな手で優しく包む。

「スレプフリープ」

ポワリと光る。

「スレプフリープ」

ポワリと光る。

「くそっ」

悪態をつきながら、何度も唱える。


「スレプフリープ」

何度目か。

ポワリと光ると、子どもの目がゆっくりと閉じる。黒い煙は上がらない。


「よし」

マルコが小さく頷く。

「お疲れ様」

メルが声を掛ける。

「ありがとう。次だ」

別の部屋でぐったりしている母エルフの元へ急ぐ。


「見てられねぇな」

鼻で笑いながら、トゥレスが立ち塞がる。

「腹が立つほど絵にはなるが、クソほども金にはならん」

ウノが気だるげに首を振る。

「何を!」

「私がやるよ」

珍しく語気を強めるマルコを押し戻すように、クアトロが前に出る。

「貴方に任せていたら、日が暮れても終わらない」

クアトロが肩をすくめる。

「本当の睡魔の力を見せてやるよ」

「アナ…」

「メル」

メルをマルコが押し留める。

「頼むよ、クアトロ。俺のポンコツ魔法じゃ役に立たないよ」

「ふん」

くるりと踵を返すと、外へ出て行くメクジラの3人。

「マルコ」

「仕方ないさ。ゴミクズみたいなポンコツ魔法なんだからさ」

フッと力なく笑うマルコはいつも通り。

「行こうか。見に行くのも怖いけどさ」

ハハっと笑うマルコはいつも通り。


スタスタと歩き出すマルコをメルは遅れて追いかけた。



「シェスタ!」

クアトロが呼ぶと、ボワンと6本足の黒い羊が現れる。

頭の高さはクアトロの腰の辺り。4つ又に別れ、いびつに捻れた角は背中や顎に届きそうなほど長い。縦向きの虹彩を持つ赤い目。毛は固く縮れている。フシューと息を吐くと、黒いモヤのようなものが一緒に吹き出す。

クアトロの幻視獣、悪魔種・睡魔【シェスタ】


「この辺り一体のエルフを眠らせる。誤爆はするなよ」

示されたシェスタは、応えるようにブシューっと息を吐く

ゴオッとシェスタから魔力が吹き荒れ、ドォドォとクアトロへ流れ込む。

「エアレィナディアダス」

クアトロが唱えると、夜闇を司る黒い奔流がクアトロを中心に溢れ出る。

「うわっ」

「キャッ」

「ふむ」

「……」

ぞわりと背筋をなぞる魔力が収まると、訪れるのは静寂。


フェノンが家の中に入る。

そこには、ぐったりと体を横たえ、静かに息をするエルフの夫婦がいた。

「効いたな」

フェノンが窓から顔を出す。

ネムラゴのメンバーもそれぞれ確認する。

「こっちも効いてるわ」

「こっちも」

「良かったよ。この人もだ」


「さすがだな」

「レベチ過ぎて笑えるな」

「お疲れ、クアトロ」

「ん? あ、ああ。ありがとうございます。シェスタ戻れ」

出た時と同じく、ボワンとシェスタが消える。


「やるべきことは1つ」

ウノが切り出す。

「あの城に大猿がいるはずだ。そいつらを消す」

目の前に堂々と建つ王城を見上げる。

「元を絶つ、か」

フェノンがあごに手を当てる。

「頭を潰せば雑魚は逃げる」

ウノが頷く。

「クアトロがいるとは言っても、国中はムリだからな」

ドスが続く。

「アンタらだけならともかく、そこの王子様がいたんじゃ危ないぜ」

トゥレスがマルコをあごでしゃくる。

「………」

「私たちの仕事はマルコの護衛だ」

フェノンは言い切る。

「はっ。お守りも大変だな。どうだ?今度、大人の男を教えてやるぜ?」

トゥレスがフェノンのあごを持ち上げる。

「魅力的だな。時間を作って、ゆっくり頼むよ」

フェノンは艶やかに笑うと、あごに添えられた手を、柔らかく握る。

「「――」」

見つめ合うことしばし、ゆっくりと手を離す。


「さて、仕事の時間だ」

堂々たる佇まい。

「メクジラは城で大猿の攻略、私たちは街の中で猿退治とエルフの救助だ。行くぞ」

「「「了解」」」

動き出すネムラゴ。


「さて、俺たちも片付けてくるか」

ウノがフェノンの後ろ姿に目をやりつつ、肩を回す。

「思ってた以上にいい女だな」

トゥレスがペロリと唇を舐めた。


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