第29話 尽力

「大変申し訳ございません」

「「……」」

「てめぇ、誠意が感じられねぇんだよ!」

「真剣にやれ! 真剣に!」

「このウスラトンカチが!」

「何ハゲてんだよ!バカにしてんのか!」


マルコとフェノンは、ヒラケタ支部長一番偉い人の土下座によって迎えられた。

完璧な土下座を決める支部長ゴリマッチョの後ろから他の職員が容赦なく罵っている。


「「………」」

唐突の事態に、マルコは勿論、フェノンすら固まっている。

「石持って来い! 石! 抱かせんぞ!」

「残りも剃っちまうぞ!」

「全身剃れや!」

部下から迸る殺気に『ヒィッ』と更に小さくなる支部長元Bランク冒険者


「えー、あの、これはなんでしょうか?」

マルコがなんとか言葉を絞り出す。

「私の方からご説明させて頂きます」

ビシッとスーツを着たクララが、つかつかと土下座する支部長上司の上を歩いて現れる。


鋭いヒールに踏みつけられた支部長の悲鳴が少し嬉しそうだったのは気のせいだと思いたい2人だった。



◆◆◆◆◆◆



「もう少しで、特別災害支援特災に捻じ込める所だったんです…」

前回と同じく苦情窓口に座り、クララは悔しそうに唇を噛む。

「情報を集め、持てるコネを総動員し、ギルド職員一丸となった尽力によって、もう少しで特災に捻じ込める所だったんです!」

「それは凄いな…。エルフ側からの要請なしで特災を発動したとしたら…」

フェノンがゴクリと唾を飲む

「歴史が動く……」

マルコもウンウンと頷いてるけど、それどころじゃないのか、イマイチ真に迫ってない。


「それを……。それを支部長この豚がチキりやがったんです」

クララがボールペンを椅子に突き立てる。

「いたぁい」

椅子から変な声がする。

支部長この豚が日和らなければ…」

「あぇあ手がぁ、手にヒールがぁ…ぐりぐりぃってぇ…もっとぉ」

椅子が野太い声を上げる。

「うるさい! 椅子が喋るな! 椅子が動くな! 気色悪い雄豚が!」

「ぶひぃん」


「…歴史を動かすほどの決断というのは難しいですからね」

マルコとフェノンはやけに高めの視線のまま頷く。

「力不足で申し訳ございません。支部長この豚には今後、洗濯バサミ以外身に付けてはいけないという罰を与えますので」

クララが頭を下げる。

クララの足元から、『洗濯バサミ…この俺が、洗濯バサミ……はぁはぁ…どこに……はぁはぁ』とか聞こえる。

「「その罰は要らないです」」

頭をクラクラさせながら2人は即答した。


「特災認定されれば、一発だったんですが、叶いませんでしたので……少々煩雑な状況です」


先程から特災、特災と呼ばれている特別災害支援というのは対エルフ国に対する温情政策の一つだ。

エルフ国が規定された災害に被災し、自国のみでの対処が不可能であると救援要請が来た場合、必要な物資や人材を派遣し人道支援を行うというものである。

この規定された災害には、モンスターによる襲撃も含まれている。

そのため、エルフの国――今回の場合はクヌギ――から助けてくれと言われれば、騎士団専門家を派遣することができる。

不眠大猴は怖い相手ではあるが、撃退事態はさほど難しくはない。

騎士団が派遣できれば、問題なく解決したはずだ。

その後の政局の混乱解消も含めて、特災認定が降りるのが最も効果的だった。


「相手がエルフ国となると…なんせ面倒だな」

「ええ。エルフですから」

はあ…とため息を付き合うフェノンとクララ。

「国家間同士のパスが封じられた以上、出来ることは限られます。我々でできるとすれば、クヌギ周辺を目的地とした別クエストを用意し、クエストを受諾した冒険者が『不幸にも』クヌギのトラブルに巻き込まれた、というシナリオ程度です。……が」

「が?」

マルコがこてんと小首を傾げる。

マルコの無邪気な表情にクララの口からヨダレがぽとりと落ちた。

「報酬が出ない、か」

「あ、ええ。そうです」

我に帰ったクララが認める。


「冒険者を国単位の面倒事に巻き込んで、報酬はありません……難しいな」

「みんなお金大好きだもんね」

マルコがポツリとつぶやく。

「……そういうセリフは自分の生活費ぐらい自分で稼いでから言ってくれ」

『もう!』とフェノンがほっぺたを膨らませる。

「すみませんでした。本当にごめんなさい。捨てないで下さい。何でもはしませんが出来ることならやりますので、助けて下さい」

「出来ることが何にもないからな、マルコは」

「手厳しいっ」

ハハハハと笑い合う2人。

『マルコさん1人ぐらいなら私でも……』クララが暗い瞳でブツブツ独り言ちる。


「ところで、アビノンさんは今どちらに?」

瞳に灯りを灯したクララが尋ねる。

「「……」」

何かを思い出して、苦い顔をする2人。

「あの?」


「帰りましたよ、自分の国に」


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