第27話 プロフェッショナル
ピッタリ埋まった6人がけのテーブル。
先程までの元気はどこへやら、真っ青な顔で脂汗を浮かべ、カタカタと震えているアビノン。
その前には、その筋の方でも謝ってしまうほどの威圧感を放つ3人。
本人的には威圧感があるつもりのマルコ。
そして、ニコニコと人の良さそうな笑顔を浮かべたおじさん。
テーブルには『借用書作成概要』と書かれた
『高いんです』と親切に教えてくれたお医者さんの言葉通り、全額負担の治療費はバカ高かった。
その治療費の他に、アビノンが汚した玄関マットや壁の清掃代、アビノンに貸したマルコのパジャマのクリーニング代などの他、Cランクパーティに救助依頼を出した際に支払われる報酬額などのレシートや資料が整然と並べられている。
おじさんがそれらを1つずつ双方に確認し、手元のパソコンにカチカチと打ち込んでいく。
この人の良さそうなおじさんの胸には、やたら存在感のあるキラキラしたバッジが光る。
Ⅱ級認定仲裁者の証拠である。
裁判する程じゃないけど、公的に双方の言い分をまとめたいんだよねという時に登場するのがこの認定仲裁者さんだ。
Ⅲ級からⅠ級まであって、Ⅲは同種族間の仲裁。Ⅱは異種族間、Ⅰは国家間の仲裁を務めることができる。
何でもかんでも頼める訳ではなく、いくつかの条件をクリアし、総合的に仲裁者が必要だねと判断された場合に登場する。
今回の場合は、アビノンの国が混乱していること、アビノン自身の支払い能力が疑わしいこと、アビノンの法律に対する認識が乏しいことなどから、仲裁者の介入が認められた。
その手数料は当たり前だが、バカ高い。
色んなパターンがあるのだが、今回のケースはその手数料は双方で折半となる。
但し、アビノンには払えないのでこれもフェノンたちが立て替えて、アビノンに貸したという形になる。
仲裁者が介入するということは、ここでの取り決めからは、絶対に逃げられない。
バカ高い手数料に見合った効力を持つ。
仲裁者のおじさんがニコニコしながら作った書類はどんな一流のロッククライマーでも小指の爪すらひっかけることが出来ないほど、完璧に整えられたものだった。
そのことを踏まえ、たった1日でここまでの舞台を整えたのは、流石フェノンの一言に尽きる。
借用書の名前と拇印を確認し、2枚を重ねて割印を押す。
書類の一番下には、認定仲裁者が作成した旨の文言と、印が押されている。
出来上がった1組ずつを封筒に入れ、1つをアビノンに、もう1つをフェノンに渡す。
「それでは、以上で終了となります。長い時間お疲れ様でした」
ニコニコしたまま、おじさんが頭を下げる。
「「「「お世話になりました」」」」
4人が頭を下げる。
アビノンは借用書に書かれた金額と、その利息などなどに顔面蒼白になっている。
「私見になりますが、エルフさんが絡むと途端に複雑になりますからね。出費が大きいのが心苦しいところですが、仲介者を介入させたのは双方にとって有意義だったと思います」
「いえ全く、先生のおかげで話がすんなりとまとまりました。本当にありがとうございます」
「「「ありがとうございます」」」
フェノンが堂々と対応する。
18やそこらで、ガッチガチの超難関国家資格持ちとこうして話しているだけで、フェノンという人物の凄さが伺える。
「ええ。それでは、私は失礼いたします。コーヒー代はこちらに」
「いえ、ここは我々が」
「いえいえ、自分の娘より若い方に出してもらうことはできませんよ。それでは、また何かありましたら」
フェノンたちに頭を下げる。
「辛いと思ってるかもしれないけどね、誠実なお嬢さん方で良かったんだよ。悪い人だったら君、とんでもないことになってるからね。ま、いい勉強になったと思って。大丈夫。親御さんに話せば払える額だから」
そう言って、アビノンの肩をポンと叩くと、コーヒー代と言うには多い金額を置いていく。
「お心遣いまでして頂きまして、本当にありがとうございます」
「「「ありがとうございます」」」
立ち上がって頭を下げ、おじさんを見送る4人。
おじさんが出て行くと、するりと椅子に戻る。
アビノンに不利なんじゃないか?と思うかもしれないが、今回の内容は法的逸脱は一切していない。
当然、リナが壊したドアの修理代なんかは入っていない。
エルフという種族が、自国への干渉やら折衝やらを嫌がるので、自然と他国にいる間は不自由が起こりやすい状態になっている。
しかし、それでは将来的に双方に不利益が起こりうる。そのために、事前渡航承諾という救済措置が設けられている。
基本的に人間の国はエルフに優しくできている。
その優しさに則って作られた法律を遵守してもなお、アビノンが滝の汗を流すほどの借金ができた、という話である。
「クヌギの国が救われることは心から願っている。震えてないで、早く戻って、国を助けるがいい。では、私たちも行こうか」
颯爽と立ち去るフェノン。
3人もそれに続いた。
立ち去る姿だけは、やたら様になるマルコだった。
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