第21話 マルコが悪い

【幻視獣はクラスチェンジする】

クラスチェンジをした幻視獣は、新しい魔法が使えるようになったり、能力の上昇値が上がったりと、単純に強くなる。


マルコの幻視獣には説明した通り問題がたくさんあったのだが、それもまた問題の1つだった。


クラスチェンジすることが、ではない。

クラスチェンジしないことが問題だった。


幻視獣のクラスチェンジについては、正直よく分かってない。

何度もするのもいれば、1回もしないのもいる。

ほっとけばするのもいるし、よく分からない時にするのもいる。この条件についても、色々あり過ぎてよく分かってない。


ただ、大体、発現した時から相応の能力を持っている強い幻視獣はクラスチェンジが少なく、微妙な能力だった幻視獣は何度もする傾向がある。


とは言っても、しないタイプなのか、何かしらの条件が達成出来てないだけなのかも判断がつかない。


また同じような幻視獣でもクラスチェンジにはかなりの個体差がある。

例えば、マルコのネムと同じ睡魔を持っていた元同級生なんかは、学生時代だけで2回のクラスチェンジを果たしている。


このように幻視獣のクラスチェンジははっきりと謎である。


ただネムは、能力的にクラスチェンジしてもらわないと使えないレベルだった。

なのでクラスチェンジがとても望まれていたのだが、全くクラスチェンジしない。

4歳の発現以来、実に14年間、ずーーーーーっと能力が変わらないままここまで来ていた。


それが遂に、待望のクラスチェンジを果たしたのだ。


「やったじゃない!!」

ピョコンと飛び出して、マルコの手を握るリナ。

「やっとだな」

すすっと近付いて抱き締めるメル。

「どう変わったんだ?」

冷静なフェノン。

「あ………」

言い淀むマルコ。


「え?なんか強化されたんだよね?」

マルコの表情に、戸惑うリナ。手は離さない。

「普通、強くなる」

不安そうに顔を覗き込むメル。身体はくっ付いたままだ。

「普通であれば新しい魔法を覚えるはずだが?」

「……そう、新しい魔法を覚えたんだ……新しい……ね……」

「メェー」

クリクリの目がなんだか自慢げに見えるのは気のせいだろう。

「「「どんな?」」」


マルコは、グッと何かを噛み締めると、絞り出すような声で伝えた。


「スレプフリープス」



「「「???」」」

妙な沈黙。

「あの? それは、今のでしょ?」

「そう。ゴミみたいな魔法」

2人の言刃ことばが、マルコを切り刻む。

「微妙な変化だが、何が変わったんだ?」

しかし、幼馴染は違った。


「え? なんか違うの?」

「一緒」

「いや、違うぞ。前からのはスレプフリープだ。新しいのはスレプフリープスだ」

フェノンが説明する。

マルコは泣きそうだ。

「え? なんか違うの?」

「一緒」

しかし、2人には通じない。

「いや、だから、前のはスレプフリープで、新しいのはスレプフリープスだ」

もう一度説明するフェノン。

「だから一緒でしょ?」

「一緒一緒」

しかし、2人は一緒一緒と連呼する。


2人の反応にマルコがプルプルする。

プルプルして、プルプルして、プルプルして……

「スレプフリープスだよ!! 最後に『ス』が付いたんだよ!!」

遂にマルコはキレた。

「分かってるよ! 微妙過ぎるんだよ! 分かってるんだよ! 俺だって…俺だって、さぁ…」

そして泣き出すマルコ。


「やり過ぎた?」

「大丈夫」

「この程度で折れるほど、人に優しくされてきてないから気にするな」


「可哀想なマルコ」

全然心配してなさそうな声と、やけにギラギラした目で、マルコを慰めるメル。

「いい子いい子してあげる」

ピッタリくっ付いたまま、マルコを撫でるメル。

首筋とか、背中を。

人差し指と中指の指先が触れるか触れないかの、恐ろしく柔らかな撫で方で。


「ちょっとアンタ、さっきから何してんの?」

「何って? 慰めてる。いい所だから黙って」

「いい所って何よ!? 手つきがヤラシイのよ!」

「大丈夫、マルコは喜んでるから」

「いや、喜んではないよ。くすぐったいし」

「アナタこそ、なんでマルコの手に頬ずりしてるの?」

「え? あ、あれ? いつの間に?」

握りしめた手をぷにぷにした柔らかなほっぺたに当てていた。

「違うわ。これは、マルコがやってるの。私のほっぺたは気持ちいいから」

「いや、滑らかな動きに反して俺のチカラではピクリとも動かないんだけど」

「問題は名前じゃない。効果だ」

「いつもながら、俺のこの状況が完全スルーされるって凄いと思うよ」


「確かに。バージョンアップされてれば少しマシになるかも知れない。かなりのグレードアップが必要だけど」

メルの指は、マルコの細く形のいいあごを滑っている。


「射程距離が500倍位になれば使える場面もあるかも知れないしね。成功率が終わってるから、射程伸びても終わってるけど」

握ったままほっぺたから離し、マルコのキレイな指をじーーっと見ながらリナが言う。

その目は、【しあわせくるりん】――恐るべき中毒性のある怪しげな粉がまぶされたおせんべい――を、間違ってお腹が空いてる時に食べてしまい、次がもう我慢できない人の目をしていた。

無意識に舌がぺろぺろと唇を舐めている。


「成功率が上がっていれば、一番マシな結果かも知れないな。マルコの運動神経で敵に近付くのは自殺行為だが」

うんうんと腕を組んだままうなずくフェノン。


「「「で、どんな?」」」

「その前に、メル離れろよ。くすぐったいんだよ」

「ほぉーほぉー、ふぁるほぉふぁひやふぁっふぇる」

「リナも、俺の指はオヤツじゃない。食べるな」

「「あっ」」

マルコに振り払われる2人。

「「ケチ」」

「ケチってなんだよ!? おかしいだろ!?」

「うむ。一般的にはおかしいがいつも通りだからな」

「つまり」

「「「マルコが悪い」」」

「なんでだよ!?」


ここにマルコの味方はいなかった。


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