第19話 観察

明くる日の昼下がり、大きな馬車にガラガラ揺られる3人組がいた。

ヒラケタ市へ帰ってきたネムラゴの3人である。


「今回はサービスが少なかった」

フェノンが不満げに言う。

「それが普通だからね」

疲れた顔のリナが言う。

「2着買ったら1着貰えるなんてサービスがおかしい」

同じく疲れた顔のメルが言う。

「いつもはしてくれるのに」

「マルコがいなかったからね」

「今度はマルコを連れて行くべき」

「ふむ。やはり買い物にはマルコがいると便利だな」

フェノンがまとめた。


マルコは、挨拶代わりに店員さんを褒めまくる。

すると、店員さんがふにゃふにゃになる。

すると、ふにゃふにゃになった部下を見かねて店長さんとかオーナーさんとかの偉い人が出てくる。

すると、ひっくるめてふにゃんふにゃんにしてしまう。

すると、正常な判断ができる人がいなくなる。

結果、2着買うとサービスで1着貰えたりとか、すごい時には何も買ってないのにお土産が貰えたりしてしまう。


かつて、フェノンとマルコが並んで超高級ブランドショップで買い物冷やかしした時は、その姿を広告に使わせて欲しいということで、パーティ全員分の一揃えがタダで進呈されたこともある。

この時、フェノンは持ち前の相当に太い性格を発揮して、『こっちよりあっちがいい』とか、『この色よりあの色がいい』とか、『もう1つ上のランクの方がいい』とかとか、黒服初老のオーナーさんに注文を出していた。

リナとメルは隅っこで小さくなってヒヤヒヤしながら見ていた。

マルコはフェノンにされるがままになっていた。


ちなみにマルコは腕力がないので、荷物は殆ど持てない。でも、フェノンもリナもメルも冒険者らしく体力があるので、その辺は全く問題ない。


そんな話をしているうちに、目的地パーティハウスに着く。

「ありがとう」

馭者に礼を渡して降りる。

3人とも背中には大きな荷物を背負っている。

「やっと帰って来たわね」

「やっとマルコの時間」

2人がふんすと拳を握る。

「ふむ。程々にな」


しかし、状況が少し変わる。

「あれは何?」

リナの目が鋭くなる。

「ブーツ」

メルも少し険しい声で答える。

「珍しいな。マルコが友達を連れて来るなんて」


てとてととブーツに近付く3人。

「女物?」

「分からない。でも男にしてはサイズが小さい」

「珍しいな。マルコが友達を連れて来るなんて」


リナが冒険者プロに相応しい隙のない動きで『すちゃっ』と鍵を取り出す。

そのまま恐ろしく静かにドアを開ける。

玄関に入ると、メルが目を細めて鼻を動かす。ほのかに花のような匂いがする。

「香水?」

「男が付けるにはフェミニンな香りね」

「珍しいな。マルコが友達を連れて来るなんて」


「見て」

リナが小さな動作で玄関マットを指す。

「汚れてる。しかも泥。大物は洗うのが手間なのに」

ダンジョンの罠を確認するような真剣さでメルが汚れを確かめて、ギシッと歯ぎしりする。

「珍しいな。マルコが友達を連れて来るなんて」


「手形。壁にまで」

壁についた手形を見て再び歯ぎしりするメル。

「この手も小さめね」

リナが自分の手の大きさと比べる。

「珍しいな。マルコが友達を連れて来るなんて」


足音を消して風呂場へ向かう。

「ここは変わらないわね」

「待って」

次へ向かおうとするリナをメルが止める。

メルは脱衣所にある洗濯機の中を覗いていた。

「これを見る」

手に持っていたのはフタが開けられたゴミ取りフィルターだった。

「どうしたの?」

「土がかなり詰まってる」

メルの言う通り、フィルターには土が挟まっていた。

「マルコが、こんな土まみれの物を家に上げるとは考えにくい。大体、外の洗い場で粗ゴミを予洗いするから」

メルの指摘にリナの目がすっと狭められる。

「誰か他の人の物を洗った?」

「多分」

「珍しいな。マルコが友達を連れて来るなんて」


3人は、風呂場を後にすると、足音を消したまま2階へと上がって行った。


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