第18話 フェノンの趣味
「こ、ここに横になれ……」
泣きそうになりながら、マルコは自分のベッドを指した。
アビノンは風呂の入り方が分からないという。
じゃあ一緒に入って教えれば、とはならない。
この世界で風呂というのは1人で入るものだ。
風呂の入り方を教えるために親子や、とてつもなく仲のいい夫婦など、特別な関係があればともかく、赤の他人同士が一緒に風呂に入るということは、先ずもって無い。
権力者がお気に入りと無理矢理一緒に入るのが、権力の顕れだと言うほどに、一緒に風呂に入るということはない。
そのため、マルコは泣く泣く風呂を諦めた。
でも、流石にそのままはムリなので、手と足と顔を洗わせて、パジャマを貸した。
それでもやっぱり、どうにも汚れている。
共有スペースを汚させるわけにはいかないので、自分の部屋を生贄に捧げることを決めたのだ。
そして、断腸の思いでベッドに横になるように伝えた。
「わぁーい、フカフカだねぇ」
真っ白なシーツが、無遠慮に汚されていく。
ぺたぁっとした髪が枕に触れる。
「でも、寝れないよ?」
好き勝手にベッドの感触を楽しんだ後で、ぴょこんと座り直してしゃあしゃあと言ってのける。
「知ってるよ」
『横になる前に遠慮しろよ、コイツ』
内心で巻き起こるどす黒い嵐をぎゅっとかき消して、なるべくいつも通りの声音で話した。
つもりだったけどマルコが思うより声にトゲがあった。
「それは、これ。ネムは睡魔なんだ。眠らせる魔法が使える」
肩に座った幻視獣を指す。
モコモコの毛が指の形に汚れている。
『コイツ、終わったら絶対、叩き出す!』
「出来るかは分からないけど……やってみる価値はある。横になって目を潰れ」
「はぁーい」
アビノンの額に手をかざし、唱える。
触りたくないから、少し離している。
成功率より、心の安静を取ったのである。
「スレプフリープ」
ぽわん。
「??」
「うん。気にするな。1回じゃ無理だ。諦めるまでやるぞ」
終わらないマラソンが始まった。
◆◆◆◆◆◆
と思った3分後。唐突にその時は来た。
「すれっぷふりぃぷ」
言うのに飽きているので、呪文も適当だ。
ぽわんと光る。
「すれぇ……おおっ!?」
惰性で続け様に唱えようとした呪文が止まる。
アビノンの顔が和やかな光に包まれ、その光が柔らかな残滓を残し消えると、アビノンの瞼がゆっくりと落ちる。
「ふー」
と言う深い息とともに、体の力が抜け沈み込む。
「………できた?」
肩に座ったネムを見る。
「……えっ! おい!? ネム!? どうした!?」
◆◆◆◆◆◆
「次はあの店だ!」
やっほーいと高いテンションで駆け出すのは、フェノンだ。
「ま、まだ行くの?」
「私は休みたい」
その時にはもう遥か先にいる。フェノンは足が早い。あと、長い。
「何をしている!早く来るんだ!」
振り向いて手を振るフェノン。
サラッサラ、ツヤッツヤの黒髪をなびかせた大人びたその顔に、キラキラと輝く笑顔を浮かべたその姿に、高そうな服を着た男性2人組が声を掛けたそうにしている。
「「…………」」
フェノンたちは、ヒラケタ市へ帰る途中、割と大きく迂回して、ヨクアル市へと寄っていた。
『欲しい物にヨクアタル!そんなことはヨクアル市』
というコマーシャルで有名なヨクアル市は、買い物の街として有名だ。
フェノンが靴音高くはしゃいでいるのは、高級志向の庶民派なお店がズラリと並ぶメインストリート。
朝方に到着するや否や、あっちにこっちにとリナとメルを連れ回している。
ランチを挟んでまだまだ盛り上がっている。
フェノンは。
今まであれば、ほどほどに付き合って、後は別行動で良かった。
マルコがいたから。
マルコには【買い物に何時間でも笑顔で付き合える】という特殊能力があった。
褒め上手なマルコを傍に置いておけば、フェノンもご機嫌なので、平和だった。
「マルコはパーティに必要だったわね」
「マルコを追い出したのはアナタ」
無くしたものは、戻らない。
悲しいかな、真理であった。
リナとメルも人並みにはファションや美容が好きではあるが、フェノンのそれはとにかくあらゆる方向にレベルが高い。
ついて行くだけで、ヘロヘロになってしまうのだ。
「ここには、リナに似合いそうなものが多い!行っくぞー!」
突撃していくフェノン。
「……リナ、リナに似合うらしい。私にはリナのようにムダにでっかい胸もないし、やたらムチムチした二の腕や太もももない。なので、あのカフェでお茶しとく。アナタの犠牲は忘れない」
するりと逃げ出すメル。
「あ、待てっ!」
慌てて手を伸ばすがわずかに届かない。
「何をしてるんだ?」
店からひょこっと顔を出すフェノン。
「え? あ、ほら、メルが…」
仲間を売り飛ばすリナ。
しかし、そうは問屋が卸さない。
「うむ。この店はメルよりリナだからな。メルは次だ。行っくぞー!楽しいぞー!」
ガシィッと襟首をつかまれ、ギュインと引きずり込まれる。
悲鳴の残響を聴きながら、笑顔で見送るメル。
くるりと背を向けると、軽い足取りでカフェに向かった。
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