第17話 綺麗好き
手にネムを掴んだまま、ぼへーーっと足だけ動かすアビノンをマルコは引っ張って歩く。
洞窟ではそこそこ元気そうだったが、
ネムのモコモコが気に入ったらしく、こっちもずーっとつかんでいる。
白日の下、
女性がひっくり返したアイスクリームが、隣の男性のズボンに落ちて、わあわあとケンカになる。
反対側では屋台のたい焼きが煙を上げているが、こっちは誰も気付いてない。
マルコたちは今、パーティハウスへ向かっていた。もしかすると、アビノンを助けることが出来るかもしれないという推測をもって。
アビノンの言葉が本当なら、
洞窟でそこそこ元気なのに悲劇の主人公みたいに倒れていたり、言葉がいちいちセリフじみていたり、意外と話を盛るタイプのような気がするので、もう少し近いかもしれない。
が、それでもここから例えば1週間眠れないとなれば、それはもう無理だろう。
今ですら、たぶん自分がどこでどうなっているか分かってない。
可能性があるなら試してからでも遅くない。
◆◆◆◆◆◆
「…………」
マルコが悩んでいる。
ここが往来なら、眉間にシワを寄せ、厳しい顔をしているマルコを見るために、十重二十重の人垣が出来ていたに違いない。
パーティハウスの玄関の前だったので、そうはならなかったが。
パーティハウスの前まで無事に連れて来れたわけだが、マルコは自分の失態に気付いて頭を抱えていた。
「どうしよう……どうしよう……」
玄関の前でオロオロしている。
うっかり鍵を落とした…わけではない。
アビノンが物凄く汚れていたからだ。
暗い洞窟から出て、考え事をしながらギルドに行って、ギルドで一仕事を終えて、考え事をしながら帰って来て、改めてよくよく見てみると物凄く汚れている。
泥まみれだ。
マルコは綺麗好きだ。
潔癖症ではないが、汚れてるより綺麗な方が好きだ。
しかし、マルコは掃除も苦手だ。
なので、『汚さない』を心掛けている。
しかし、今のアビノンを見てみると……。
色は薄く彫りは深い顔は、土埃で煤けている。
特徴的な金と緑の混ざった髪も泥まみれな上に、いつから洗ってないのかぺたぺたしている。
服も長旅の汚れを吸って、埃っぽいし、そこかしこドロドロだし、ブーツもこびり付いた土が白くなっている。
なのに、なぜか匂いだけは甘い花のような匂いがする。
逆に腹が立つ。
このまま家に上げたら、家は絶対に汚れる。
『しかし……』
アビノンを見る。顔が死んでいる。
ここまで来て、『汚いから帰れ』は無理だ。
というわけで頭を抱えて葛藤している。
が、結論は出ているわけで。
「はぁ………」
深いため息を吐いて覚悟を決めた。
せめてもの抵抗でバタバタと乱暴にホコリを払った。
「うわぁぁぁ………」
しかし覚悟を決めた2分後にマルコの悲鳴が上がる。
アビノンが玄関でブーツを脱いだからだ。
靴を脱いで家に上がるという部分で文化の違いがあったのだが、ここはマルコが力押しで丸め込んだ。
しかし、甘かった。
「なんでお前、これが気にならないんだよ!?」
ブーツを脱いで出てきたのは、真っ黒になった靴下だった。
「??」
「脱げぇ! こんなもんで家には上げられない!」
「なんでぇ??」
ぼやーーんとしている。
「汚れるからに決まってるだろ! ぶさけんな、コラァ!」
「うう、はぁーい」
ゴソゴソと靴下を脱ぐと、『ポイッ』と捨てる。
「ゴラァ! そんなもん玄関に脱ぎ捨てんなぁっ!」
「えぇなんでぇ?」
「汚いからに決まってんだろ! ケンカ売ってんのかテメェ!」
その後も、真っ黒な手で壁を触ったり、泥まみれのまま玄関マットに寝転がろうとしたり、スボンから落ちた泥で床に落書きしようとしたり……マルコの怒号と、アビノンののんきな声が交互に響いた。
ちなみに、マルコがこういう口調になることはほぼない。
生まれてからの付き合いであるフェノンですら数回しか聞いたことがないほどだ。
マルコの怒声を聴き逃したことを、メルが知れば『なぜ私は……録音を……』と2、3日は落ち込んだことだろう。
マルコは玄関から家に上がるだけでだいぶ体力と時間を浪費した。
「風呂だ。風呂に入れ。フラフラ過ぎてちょっと怖いと思っていたが、そんな問題じゃない」
マルコは疲れた顔で吐き捨てた。
ふにゃふにゃのアビノンと話して分かったのだが、アビノンは衛生観念が非常に低い。
清潔に関する価値観が、ダンゴムシとオオクワガタぐらい違う。
なので、もう丸洗いしてしまおうということした。
衛生観念上も精神衛生上も風呂しかなかった。
しかし、ここでトドメの問題が起こった。
「フロってなぁに?」
アビノンは風呂を知らなかった。
2日連続で、パーティハウスにマルコの悲鳴が響いた。
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