第16話 きっかけ
「失礼の重ねがけになるかもしれないんですが…」
マルコの澄んだ目がスっと耳を見る。
視線に誘われ、思わず耳を触る。
「もしかすると、そのピアスも何となく選ばれたんですか?」
「ふぇえ、ええ、そ、そうでしゅ」
「はぁ…」
感嘆のため息が、とてつもなく色っぽい。
「ピアスに使われているピンクダイヤモンドの色は、ヘルメスメルヘの23番のモチーフになった
「しょ、しょうですかぁ」
マルコの一言一言が耳から染み込み、身体中を溶かしているようだった。
「柔らかい色の髪を敢えて短くして、スマートさを強調し、そのために目立ちやすい耳に可愛らしい色を持ってくる」
唇を湿らすためにチロリと覗いた舌の赤が、クララの目に焼き付く……と言うか目を焼く。
「しかも、ピアス、ルージュ、パフュームでわずかなグラデーションをつけるセンス…それでいて僕のような子供にも丁寧にご対応下さる。声を掛けたのがクララさんで、本当に良かったです」
ニコリと微笑む。その効果は言わずもがなである。
「しょ、しょんにゃに、ほめにゃいでくだしゃい」
嬉しいと恥ずかしいの容量が決壊したクララがふにゃふにゃと両手を振る。
そう、両手がマルコの圏内に入ってしまったのだ。
「いえ、本当にありがとうございます」
途端に真顔になったマルコが、その手を優しく包む。
マルコの最大火力の攻撃、ボディタッチである。
普段は主にリナの睡眠時間を削りまくっている極悪な一撃は、度重なる集中砲火により装甲の残骸が辛うじて引っかかっている程度のクララを木っ端微塵に粉砕した。
この後、マルコは本来の目的である
〖エルフの国が襲われているから助けて欲しい〗
という、クエストとしても、政治としても、ギルド支部程度にどうにか出来る範囲を果てなく逸脱した話をするのだが、それを聞くクララはお湯を掛けた砂糖菓子みたいになっていたので、〖はい〗と〖大丈夫です〗と〖お任せ下さい〗以外の語彙を失っていた。
こうして、ギルドの協力を漕ぎ着けたマルコは、やっぱりギルドは頼りになるなぁと安堵の顔で帰って行った。
もしかして、と想像がつくかもしれないが、マルコのコレは無自覚である。
マルコは自分でコミュニケーションが下手だと思っているが、実は全くそんなことはない。
人見知りせず堂々としているし、会話も至って滑らかだ。
マルコが思う〖会話が盛り上がらない〗というのは、マルコの人離れした容姿に気後れするからだし、更に、マルコのこの無意識に人をべた褒めするクセのせいである。
マルコの容姿という初太刀を躱し、会話を初めてしまった人は、べた褒めという二の太刀によって致命傷を与えられる。
クララ女史のように。
ちなみに彼の異常な量と精度の美容知識はフェノンの趣味に由来する。
フェアリースクールの歴史を変えた才女は趣味でもその異次元ぶりを発揮していた。
さて、大変なのは、マルコが去った後のギルドだった。
直撃を受けたクララの大破は勿論のこと、マルコの声を聞こうと耳を傾けていた職員たちもその余波だけで、かなり損傷していた。
比較的、被害が軽微だった男性職員数名が、放心しているクララに声を描ける。
「く、クララ支部長補佐? 大丈夫ですか?」
クララは役職を付けて呼ばないと機嫌が悪くなるタイプの人だった。
「はにゃ?」
「「―――!!」」
そして絶句した。
ゴーレムとまで呼ばれる人の返事が『はにゃ』である。
頬はだらしなーく緩み、顔はもちろん首まで真っ赤で、しかも余韻の影響か、ヨダレまで垂らし『へにゃっ、へにゃっ』と気色悪く笑っている。
見る影もない悲惨な姿だった。
ドン引きする男性職員は目を逸らしてそっと離れた。
数分後、クララはヨダレを拭き、すっと立ち上がると、『我々の真の力を見せる時が来ました!』と大演説を始めた。
とてつもなく仕事の出来る人・クララの高性能なエンジンに、マルコというジェット燃料以上の燃焼効率を誇るエネルギーが注がれたのである。
ヒラケタ支部は、この後、人智を超えた実務能力を発揮し、マルコの依頼を達成するための準備を恐るべき早さで整えていく。
この事件は後に、【緊急特殊依頼特別対応班】という国家規模のクエスト専用チームを結成する礎となる。そして、超エリートのみで編成されるこのチームは、その後、多くの人命と文化を守ることになる。
そして、筆舌に尽くし難い困難を乗り越えてこのチームを結成し、初代班長となったのがクララなのだが、それはまた別の話である。
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