第15話 マルコの癖
「初めまして。マルコと言います。お仕事の手を止めさせてすみません」
マルコがお辞儀をする。
どこかの王子様かと思うほど、その所作は洗練されている。
「私はクララと申します。支部長補佐です。お心遣いありがとうございます。ご心配には及びません。これも仕事です」
クララは間違いなく仕事は出来るが対応は塩っぽい。
後、自分の能力と役職にプライドがあるので、ことあるごとに役職を口にする。
「どこの窓口に相談すればいいのか、分からなかったので」
「問題ありません。私はほぼ全てのことに対応できます。支部長補佐ですので、その権限も与えられております」
やはりクララはことあるごとに役職を口にする。
クララは仕事が出来ることを隠さないし、少し人を見下したような物言いをするきらいがある。出世競争を戦っているからだ。
「本当ですか! 良かったです」
クララの話し方は殆どの人に多かれ少なかれ嫌悪感を抱かれるのだが、マルコには少しも気にならない。
自分に自信がないので、自分に自信がある人を素直にすごいと思うし、能力に見合った活躍をしている人を素直に尊敬する。
ちなみに、自分に自信がない人を相手にしても親近感が湧くので、かなり卑屈でひねくれていても、マルコは全く気にしない。
そんなマルコの屈託のない笑顔に数人の職員が卒倒した。
「あちらを使いましょう」
クララは、苦情窓口を指した。
この窓口、一応、設けられているのだが、わざわざ
席が埋まるとそれはそれは大変なのだが。
クララは椅子に座りながら、ぼへーーっとマルコについて歩くエルフを見た。
ややこしい話かもしれないと顔が厳しくなる。
「どうぞ」
クララが椅子を勧める。
「ありがとうございます。アビノンも座って」
マルコが座り、隣にアビノンが力なく座る。
アビノンは膝の上にネムを抱いて、そのモコモコの毛をもてあそびながら、ぼへーーっとしている。
眠くて仕方がないためだ。
その様を見て、クララの表情がますます曇る。
明らかにこのエルフは異常だ。
慎重に対応せねば、と気を引き締める。
エルフに関わる問題というのは、非常にセンシティブだ。
それはエルフという種族の政治的な扱いの難しさに由来する。
クララは無意識に唇を触った。
難題について考えるときの彼女のクセである。
敗着を挙げるとするなら、このクセがこのタイミングで出てしまったことだったと言える。
「そのルージュ」
マルコが突然口を開く。
「ヘルメメルヘの24番ですか?」
「えっ? ええ、そうです」
「深みのある色合いが知的なクララさんらしいチョイスですね。とてもよくお似合いです」
「えっ? そ、そうですか?」
唇を触る。
「ええ。23番だと少し軽すぎますし、25番だと落ち着き過ぎますからね。活発さと知的さの両方を兼ね備えたクララさんの魅力を引き出すのにピッタリだと思います」
「え、そ、そんな? お上手ですね」
王立美術館で椅子に座っているだけで過去最高入場者数を記録するであろう美形から、少し気取ったような笑顔と、耳が蕩けるような甘い声で褒められれば、いかなクララと言えども、嬉しい。
しかも、今つけているヘルメスメルヘの24番は、かなり色々試した末に辿り着いたお気に入りの口紅だ。
マルコの初撃は、クララの堅い堅い防御の、そこしかないというアキレスをついて、ズドーンと刺さった。
しかし、まだまだマルコは止まらない。
「パフュームはシセドセシのヘブンリーですよね?」
「え? いえ、どうだったかしら?」
香水はつけているが、詳しくは知らない。
気に入った香りをつけているだけだ。
「そうなんですか? すごいなぁ」
驚いた顔は年相応に、可愛い。
「な、何がですか?」
「いえ、ヘブンリーは完熟したレッドハンナの香りなんです」
「お、お詳しいですね。そ、それで?」
クララはレッドハンナという言葉を知らなかったけど、知らないと言えなかった。
「ヘルメスヘルメの25番は完熟した
「そ、そうなんですか?」
「ええ。ルージュが24番で、パフュームは25番。知ってて敢えて選ぶ方はおられるでしょうが…ご存じないのにたまたま選ばれるなんて、美的感覚が飛び抜けておられるんでしょうね」
「え、いや、そんな…」
「お仕事も出来て、能力も評価されていて、その上、身だしなみにも隙がない……憧れちゃいますね」
「あこぉっ!」
「ああ、すみません。クララさんのような大人の女性に僕のような子供が憧れるなんて、失礼でしたね」
「――――」
クララはもう顔を真っ赤にして、口をパクパクするだけで、何も答えられない。
しかし、マルコのターンはまだ折り返し地点を迎えただけだった。
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