第14話 襲撃

極秘裏に計画されたその作戦を察知できた者は誰もいなかった。

極めて隠密に、かつ圧倒的な展開速度で行われたそれに初動対応が間に合うものなど歴史上で鑑みても皆無だと言える。

それほどに見事な奇襲だった。


対応に当たることになったのは、素人アマチュアではなく、自他ともに認める歴戦の戦士プロフェッショナルだったが、その経験値と高い戦意モラルをしても、状況の確認、またその際に行うべき第一手の選択は極めて困難だった。


奇襲の実行に当たったのは、間違いなく後世に名を残す手練ファイターだったし、同時に用いられた新兵器は、常識の埒外にある、極めて凶悪なものだった。


そんな訳で、マルコがアビノンを連れて冒険者ギルドに入って来たとき、女性職員たちは何が起こっているのか分からず、お好み焼きの上に乗せられた鰹節のようにくねくねと意味のない動きをするだけだった。


先ずマルコが1人でギルドに来るということがなかった。マルコ1人でギルドに用事があることがないからで、必ず誰か一緒で、絶対にその誰かが先に入ってくる。

それがいきなりマルコである。


しかも、その後ろにエルフ。

エルフ特有の尖った耳と、同じく特有の2色が混ざった髪は、遠目からでも正体を雄弁に語る。

男か女か分からんが、人形のように整った中性的な見た目は、そんなのどっちでもいいほど、マルコに映える。

しかも、なぜだか明らかに弱っている。


まさに完璧な奇襲だった。


そして、ファーストインパクトから立ち直った後も、最善手が見つからず――目の前でいつものように暴れて印象が悪くなる訳にはいかない――本能が選択したのは、印象が良くなるように笑顔を浮かべつつ、隣の職員が動かないように、粗野に見えない程度に押さえつけるというものだった。


「こんにちは」

職員同士が仲良く手を繋いだり肩を組んでいる微笑ましい姿を視界に入れながら、笑顔で挨拶をする。

しかし、内面では迷っていた。

『どこに行けばいいんだろう?』

ということだ。

なんせ普段は前の人に着いていくだけだから。


冒険者登録……ではない。

クエスト受付……も違う。

クエスト依頼……でもない?

パーティメンバー管理……は違う。

苦情窓口……も違う。


端から見てみるが、〖エルフの国が猿に襲われてるので救助を頼みたい〗という相談ができそうな窓口がない。

クエスト依頼が近そうだが、話が少し重い気がする。


『聞くか』

この決定をもって、戦局は次の段階へと入ることとなる。


マルコは、近くにいた女性職員に声を掛けた。

理由はない。

一番近くにいたからだ。


彼女は名前を【クララ】と言う。

栗色の髪をベリーショートにした活発な印象のある女性だ。言わなくてもいいが年齢は34歳。

役職としては、支部長補佐である。

繰り返さなくてもいいが34歳という年齢から考えると、この役職はかなりすごい。

補佐と言えば小間使いのような印象を持つが、そうでは無い。

支部長補佐というのは、支部長業務を現場で代行し、その経験を積むために設けられる特任役職である。つまり、支部長就任の内示に等しい。

それもそのはずで、彼女は冒険者ギルド本部からヒラケタ支部に出向してきており、この出向が終われば、本部で支部長クラスの役職、その後は幹部というキャリアが約束された超エリートの才女である。


活発そうな見た目通り、スポーツも好きなのだが、本当の趣味は歴史研究と古典鑑賞である。

こっそりと口紅のコレクターでもあるのだが、それを知っているのは、部屋にある観葉植物だけだ。

浮ついた話のうの字も聞いた事がない仕事の鬼で虫。仕事人形ゴーレム愛称陰口親しまれ煙たがられている。


彼女はマルコに興味がなかった。

彼女が興味を示すのは、仕事の効率と成果、それに伴う自分の評価だけだった。


マルコに声を掛けられたクララは、ごく当たり前に対応した。出来る人・クララは受付業務にも精通している。

『ああ、この子か』

クララの感想はその程度のものだった。



マルコがあのクララに声を掛けたことに驚いた他の職員だったが、あのクララなら問題ないかと考え直した。

なんせ、あのクララである。

色恋沙汰なんて、1ヶ月前のゴシップ誌の広告ページほども価値がないと考えているあのクララである。

男に必要なのは能力仕事キャリア仕事コネ仕事だけだと考えているあのクララである。


マルコと話せなかったのは残念だが、あのクララが相手であれば、あのクララなのだからなんの問題もない。

雄弁なアイコンタクトで緊急会議を終えた職員たちは、チラチラとマルコとエルフを見ながら、それぞれの業務に戻った。

チラチラチラチラとマルコとエルフを見ながら。


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