第13話 昏睡薬

マルコの渡したたまごサンドを食べる。

指に付いてしまったマヨネーズを舐める。

残っていたカフェオレを飲む。

はぁーっと安心した一息をつく。

『ふふっ美味しかったぁ』と呟く。


そしておもむろに険しい顔を作る。

「何としてもワタリオニゴケを持ち帰らなければ…!」

決意を改める。


「……まぁいいんだけどさ?」

色々を飲み込んでマルコが尋ねる。

「昏睡薬なんてホントに使うの?」

心底、心配そうだ。

「私達には…! 私達には、それしか残されていない…!」

「いや、でも、昏睡薬って見たことあるの?」

「?? 無いよ?」

「だろうな。えげつないぞ、アレは」


学生時代に一度見せてもらった思い出が蘇り、ブルりと震える。

「そ、そうなの?」

「元々、ダレダオ・マエサンって薬学博士が学生時代に作った薬なんだ」

1年生一般教養時代は優秀だったのだ、マルコは。

「ダレダオ博士は、イキタックナイ病やネツガアールハズ病とか原因不明の難病の特効薬をいくつも開発してる薬学の大権威だけど、そのモチベーションになったのが、学生時代の昏睡薬の作成だと公言してる」


ダレダオ博士が薬学部の学生へ向けた有名な演説である。


〖それまで私は驕っていた。しかし、私が作ったのは、必要量を飲むことすら不可能な、到底、薬と呼べない劇物だった!己の非才を恥じ、そこで私は生まれ変わったのだ! あのような悪夢を二度と引き起こしてはいけないと。諸君、失敗は誰にでもある。挫けることもある。しかし思い出して欲しい。昏睡薬という人類の汚点と言うべき、あの汚物を作り出した私が、薬学のオーソリティとして今、諸君に言葉を語る資格を得ているという事実を!あの不始末に、完成するまで気づかなかった愚か者にすら、未来があったのだということを! 諸君らの未来は眩く輝いている!〗


「ホントにすごいぞアレは。密閉型の特殊容器に入ってるのに、ヘドロを煮込んだようなスゲェ臭いが届くんだ。2リットルの砂糖水に、スポイドでポトンて落としたら、もう苦くて飲めないぞ? その100倍の濃度で、必要量は500ミリリットル」

「………」

マルコの切実な声に、ビビるアビノン。

「……アレは無理だと思うぞ?」

「え、いや、ほら、でもぉ……」

「まあワタリオニゴケなんてそこらじゅうに生えてるから好きに取ればいいんだけど」


意外と元気そうであるが、さっきまで倒れていたアビノンを歩き回らせるのも怖いので、マルコとハエトリネズミたちでコケを採取していく。


10分強で山ほど採れた。


山ほど採れたコケを、アビノンが国から持たされていたマジックバックに入れる。

中に入れたものの容量と重量が1/10になり、中身の腐敗や経年劣化まで防げるという、超絶レアなアイテムに、どうでもいいコケを詰める。


1つ入れては

「もったいない…」

2つ入れては

「もったいない……」

道具のムダ遣いにしか思えない作業にマルコの良心は痛んだ。


「これで…! 全部…! 厳しい戦いだった…! でも、私は成し遂げた…! これで故国の土が踏める…!」


感慨に耽けるアビノンを端っこに見ながらマルコは考える。


「とりあえず、薬の材料が手に入ったのは一先ず喜ぶにして、他の手も打っといた方がいいと思うんだ」

あの薬が飲めるとは思えないし、とは改めて口には出さない。

「例えば?」

突き上げていた手を降ろし、握っていた拳を開いてアビノンが小首を傾げる。

「うーん…分からんけど……」

考えるマルコ。

「とりあえず、冒険者ギルドギルドに相談してみたらいいんじゃないかな?」


マルコにとって冒険者ギルドはとても親しみのある場所だ。

フェノンにくっ付いたオマケであることはもう既に良く知られているので、体面を取り繕う必要が無い。

それなのに、行けば世間話もしてくれるし、アレコレと心配してくれるし、世話を焼いてくれたり、誕生日にはプレゼントをくれる人がいたりして、とても温かい。


ほんわかとハートフルなエピソードを思い出す。

「うん。それがいいと思う」

マルコは頷く。

「ふーん…じゃあ相談してみよっか」

アビノンも納得する。

「「「チュー」」」

ネズミたちも満足そうだった。


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