第9話 悲鳴
夜、ネムラゴのパーティハウスに悲鳴が響いた。
悲鳴の主は、この家に住むマルコだった。
事件のあらましはこうだ。
マルコはここ数日がそうであるように、日が暮れてから家に帰った。
鍵を開けて家に入る……前に玄関先で外套についた土ぼこりを落とし、外にある水道で靴の泥を落としてから、家に入る。
そのまま、洗面所に向かい手を洗い、バスルームへ向かう。
そして、汗でひっついたシャツを服を肌着を1枚ずつ脱いでいく。
生まれたままの姿になったマルコは、シャワーを浴び、そのプラチナに輝く髪を曇らせる土を落とし、白磁のような肌をぬめらす汗を落とす。
その薄い体は、逞しさはないが、凛々しさがある。
「とうめいなぁーおぉりにー」
シャワーを浴び終わり、ゆったりとした寝間着に着替えマルコは鼻歌を歌いながらリビングへ行く。
歌っているのは、最近人気の曲だが、その曲だと分かる人はこの世にいないだろう。
そして、ソファに座るとスマホを開く。
色々と優しいハジテメノ洞窟だが、洞窟だけあって公共魔道波が届かない。そのため、スマホが圏外になってしまうのだ。
1日見れなかったスマホにいくつかの着信がある。
と言っても積極的に連絡をくれる友人は少ない。
コミュニケーションが苦手だし、おもしろい話はできないし、できないことだらけの俺と積極的に関わってくれる人なんていない、というのがマルコの見解であるが、多分に私見である。
そんな数少ない積極的に連絡をくれる人の代表たるのが、リナである。次点でメル。
記憶にある限りフェノンから連絡があったことはない。
フェノンには、マルコからご飯要らないという連絡を送るぐらいだ。
その連絡も年に何回あるかぐらいだが。
リナからメッセに写真が送られていた。
でっかいパフェを挟んで、嬉しそうなリナと実は喜んでいるメルが写っている。
その奥に少しだけ見切れている、薄いピンクのマニキュアをした細い指は、フェノンだ。
「コイツら仕事に行ってるんだろ?仕事しろよ、仕事ぉ」
楽しそうな姿に、仕事してない自分を棚の上に放り投げてブツブツと羨ましがるマルコ。
こうして楽しそうにしているということは、クエストは上手く行ったのだろう。
とりあえずそこに安心しながら、『俺にも食べさせろ!』と送り返しておく。
ここまでは、平穏な日常だった。
そして、ここから事件が起こる。
冷蔵庫を開けると、たくさんあったはずのご飯が無くなっていたのだ。
「え?そんな? バカな!?」
動揺するマルコ。
鍵は間違いなく掛かっていた。
部屋の中も暗かった。
冷蔵庫の中身以外、部屋の中は何も変わっていない。
何となく建っているようなパーティハウスだが、そのセキュリティは相当に固い。
女性が3人もいるためであり、Cランクパーティがクエストで持ち帰る戦利品というのは、世間的に貴重で高価なものであるためだ。
以上のことから考えて、外部犯である可能性は……
ほぼ無い。
「ウソだろ? マジかよ?」
メルの言葉が頭の中でリフレインする。
『計画的に食べること……』
『計画的に食べること………』
『計画的に食べること…………』
一度冷蔵庫を閉め、深呼吸してもう一度開ける。
当たり前だが何も無い。
冷蔵庫の隅っこに『ぽっちょんプリン』はある。カップの後ろに付いてる爪を折ると、『ぽっちょん』とプリンが落ちてくるという子どもから大人までみんな大好きなプリンである。
が、このプリンには『しけ』と書いてある。人によっては『117』と読めるかも知れない。
パーティハウスの住人には常識だが、これは『リナの物』という意味である。
なんの暗号かと思うかもしれないが、本人的には普通に名前を書いただけだ。
リナのプリンを食べるということは……想像するだに恐ろしい。
よってこのプリンは見なかったことにする。
冷凍庫にフェノンのアイスクリームが入っているのは知っている。しかし、これはフェノンのだから食べてはいけない。
リナのように怒りはしない。
何にもしない。
特に気にもしない。
だから食べてはいけないのだ。
いくつかの食材はあるが、マルコは料理が出来ない。
パーティハウスにマルコの悲鳴が響いた。
幸い、防音仕様なのでこの悲鳴が漏れることはなかったが。
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