第7話 風物詩
マルコがハエトリネズミと死闘を繰り広げている頃、フェノンたちは冒険者ギルドにいた。
冒険者の管理の他、依頼を受けたり、報酬を出したりと、冒険者を職業として機能させているのが冒険者ギルドである。
冒険者は、冒険者ギルドに登録し、登録が認められて初めて冒険者を名乗ることが出来る。
朝の会話で言っていた通り、フェノンたちはここにネムラゴからマルコが抜けたことを報告し、パーティメンバーの変更を申請に来た。
さて、冒険ギルドヒラケタ支部には風物詩がある。
それは、ネムラゴの対応を誰がするのかという熾烈な争いである。
タイプの違う3人の美少女は男性職員からの人気が高い。
しかし、ヒラケタ支部に死闘の渦を巻き起こすのは、マルコを巡る女性職員たちである。
男性職員は基本的に出番がないほどだ。
――からーん――
ドアベルの音がし、艶やかな黒髪が見えた瞬間、争いの火蓋が切って落とされる。
ネムラゴがギルドに来る時は、リーダーのフェノンを先頭に、リナ、メルと続き、最後に少し遅れてマルコが入ってくるというのがならわしだ。
その日、いつものように争いの火蓋が切って落とされた。
手を止め、受付席に既に座っている職員が机にしがみつく。
それを後ろから他の職員たちがひっぺがしにかかる。
大人しそうな小柄な職員が分厚い本を、目の前の女性職員に振り下ろした。
崩れ落ちる女性職員。
涼しい顔をして凶器を振り回す狂気の職員が、ついに座っている受付嬢も気絶させ、何食わぬ顔で椅子に座った。
今回の勝者が彼女だったと言うだけでいつもの光景だった。
フェノンたちは、気付いているのかいないのか、テクテクと勝ち誇る彼女の前を通り過ぎ、その向こうにある受付に座った。
クエストの受注窓口ではなく、パーティメンバー管理の窓口に用事があったから。
目の前を通り過ぎるネムラゴを見送った女性職員の顔は、今だ誰にも見せたことがないような顔をしていた。
が、彼女の名誉のために触れないでおく。
驚いたのは、目の前にネムラゴのメンバーが座ったおじさん職員である。
パーティメンバー管理の窓口は、手続きが煩雑で人気がないので、いい人が服を着てるようなこのおじさんが
背後から溢れる殺気に汗が止まらないおじさんだが、今更逃げる訳にもいかない。
胃の悲鳴を聞きながら、応対する。
しかし、本当の阿鼻叫喚はここからだった。
なんせ
女性職員がザワザワし始める。
凶器攻撃に倒れていた職員たちも、目が覚めると、自分が軽く殺されかけたことも忘れて慌てふためいている。
現れないマルコ。
3人でパーティメンバー管理の窓口に並ぶメンバー。
答えは明白だった。
「マルコのパーティ脱退手続きを頼む」
そして、フェノンのこの一言をもって、ギルドは悲鳴に包まれた。
「「どどどどどういう、どういうことですかっ!?」」
哀れにも引き潰されるおじさん職員。
3人の後ろでは、手首や足首を回し準備運動を始める者、パンプアップを行い来るべき決戦に備える者など、話を聞いた男性冒険者たちが静かに何かを争い始める。
「どうもこうもない。マルコがネムラゴを抜けた。それだけだ」
1ダースの牛型モンスターよりも破壊力がありそうな職員の勢いも気にせずフェノンは落ち着いて答える。
「「なぜですっ!?」」
「想像通りだ」
「「「「ぐぬぅっ!」」」」
皆が押し黙った。
「で、でも、今更なぜアナタがその判断を!?」
1人が何とか食い下がる。
「私たちの受けるクエストの難易度も上がって来ている。マルコを庇いきれない事故が起こる可能性が高くなっている」
「ぐっ…」
「だからだ」
そして、粛々と進められる手続き。
「そ、それでマルコさんは今何を?」
「ん? マルコはハジテメノ洞窟に行くと言っていたが」
「そ、そんな!?」
職員から悲鳴が上がる。
「至急、救助隊の編成を!」
「医務室の確保を!」
「Aランクヒーラーの手配を急いで!」
蜂の巣に駆除剤を撒いたように騒がしくなるギルド内。
「いやいや、ハジテメノ洞窟よ!?」
ここまでぐっと堪えていたリナが遂に突っ込む。
「小等部の自然学校の肝試しに使われるような場所よ!?」
「それは、そうですが……」
冷静な指摘に我に返る職員たち。
「それにマルコは弱ってるぐらいがおいしい」
「おいしいってなによ!? じゃなくて、余計なこと言わないでよ!?」
メルの一言を皮切りに、どのマルコがいいのか論争が始まる。論争はいよいよ熱を帯び、各々が秘蔵のマルコ映像を披露し合い、マウントの取り合いに発展する。
絶叫と怒号と罵声が飛び交う中、3人は手頃なCランククエストを受領してギルドを後にした。
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