第6話 ハジテメノ洞窟

マルコはハジテメノ洞窟に来ていた。

ヒラケタ市のすぐ側にあるこの洞窟は、危険度の低い洞窟として有名だ。


道は一本道なので迷うことはない。

最奥部もそんなに深くないのですぐに出ることができる。

洞窟につきもののモンスターはいるものの、ここに住み着いているモンスターはハエトリネズミというモンスター1種類だ。

これは洞窟の隅っこでじーーーーっとしていて、その名の通り目の前を通ったハエなどの虫をパクッと捕食するというモンスターで、人を襲うことは絶対にない。

手を近付けると噛まれることはあるが、犬の甘噛みの方が痛い程度で、ごくごくまれに、その唾液が傷口に入ると発熱などが起こることがある…という安全極まりないモンスターだ。


ハジテメノ洞窟は安全な代償として得るものが全くないのも特徴だ。

ハエトリネズミの素材に使えるものは何一つないし、駆除にしても、誰も困ってないから駆除する必要もない。

いくつかの薬草というか毒草が生えている程度で、それらの毒草もこれと言って気の利いた使い途がないため、採取した所で売れるものでも無いし、自分で使うものでも無い。

つまり、ここに来る用事がある人など、ほぼ無いに等しい。


それを証明するように、洞窟への道は草が生い茂っている。


そんなハジテメノ洞窟にマルコは来ていた。

暇つぶし……ではない。

一晩考えた結果、ここに来たのだ。


早起きしてこっそり出ようとしたら、既にフェノンが起きて朝食を作っており、出かけると言ったらお弁当まで持たせてくれたのは、想定外だったけれど。


「よし、行くぞ!」

来る途中の草にいくつか引っかき傷を付けられたものの、マルコは当初の目的を果たすべく洞窟の中に入って行った。


暗がりの洞窟をライトを片手に進む。

安全だとは知っているが、その顔には幾分の緊張がある。

いつもは頼もしい幼馴染フェノンが一緒にいるのだが、今日は1人だ。

「どこにいるのか…?」

不安を追い払うように、独り言を呟きながら中を進む。


「いた!」

キョロキョロしながら進むことしばらく、マルコは目的のものを見つけた。


ライトに照らされた先にいたのは、ハエトリネズミだった。

洞窟の隅っこに4匹ほどが固まって固まっている。


拳程の大きさの灰色の体を洞窟の壁にピッタリとくっつけ、丸い耳がピクピクと何かを探している。

マルコは慎重に近付く。


普通に近付けば逃げることも襲われることも無いのだが、マルコは真剣だ。

ハエトリネズミが不安そうにマルコを見上げている。

その目は『どっかに行ってくれないかなぁ』と雄弁に語っているが、その期待に応える訳には行かない。


「よし」

手が届くほどの距離まで近付くと、マルコは気合いを入れる。

「レム、行くぞ!」

「メェー」

肩に留まったレムが鳴くと、その体がポワンと光る。

そして、その光がマルコの右手に移る。

マルコは光る右手をハエトリネズミに触れそうな距離まで手を伸ばす。

ハエトリネズミはチューチュー鳴きながら震えている。

それでも逃げないのがこのネズミの特徴だ。

「スレプフリープ」

マルコが呪文を唱えると、右手の光がハエトリネズミを包む。


この手で触れる程の距離、これがスレプフリープの有効射程である。

対象に触れるギリギリか、実際に触れていないと届かない。

マルコの直接戦闘能力を考えると絶望的な距離だ。


ぽわぽわと光がハエトリネズミの1匹を包み、ぽわんと消える。

「「「「チュー?」」」」

4匹のネズミが揃って首を傾げる。


失敗だ。

「……まだ1回目だ」

心無しかレムの毛も萎んでいるような気もするが、気を取り直してもう一度挑戦する。


「まだだ」


「まだだな」


「そろそろか?」


「もう来るだろう」


「さすがにほら」


「ねえ?」


「………」


「あのさぁ……」


「マジかよ?」


「そろそろ」


「頼むよ!?」


「おい!」


「おいぃいっ!」


「ムリなのか……」


「泣きたくなってきた……」


「泣いていいかな?」


「おっ?」

「「「チュッ?」」」

そして、その時は来た。

光ること何度目か、光を浴びたネズミの耳がくてりと萎れ、壁に引っ付いていた体がポトリと倒れる。

「「「チューっ!」」」

残ったハエトリネズミが『いえーい』とハイタッチをしている。

長く辛い戦いだった。


「よし、次だ」

スレプフリープの利点として、使用制限回数が恐ろしく多い所が上げられる。

心がどこかで訴える『これ、意味があるんだろうか…』という疑問を全力で無視して、隣のネズミに手を向ける。


手を向けられたネズミは『ばっちこーい』と言わんばかりに手を広げている。


2匹目のネズミが寝るまでにも相当な時間がかかり、3匹目にかかる前にお昼ご飯にした。

眠ったネズミを他のネズミがチュイチュイと揺すって起こす。

揺するだけで起きるのもこの魔法の特徴だ。

だって寝てるだけだから。


ネズミは虫しか食べられなさそうだったので、その辺にいる虫を適当に捕まえて、ネズミの前に置く。

すっかり戦友となった4匹と1人と1匹はお互いの労を労いながら仲良くお昼ご飯を食べた。


その日、マルコは日が暮れるまで洞窟で魔法を使った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る