第5話 ネム

マルコが燻っている理由は色々あるが、そのうちの1つがこのネムである。


繰り返しになるが、ネムは幻視獣であり、その中でも希少な悪魔種である。睡魔と呼ばれる種類の悪魔種で、相手を眠らせることができる。


相手を問答無用で無抵抗状態にできる睡魔は、悪魔種の名に恥じない強力な幻視獣である。

本来は。


しかし、ネムが使える眠りの魔法『スレプフリープ』は驚くほど成功率が低い。

しかも、引くほど射程が短い。

そのため、対象まで限界まで近付いて、勝ち目の低ーいギャンブルをする必要がある。


そこに、マルコの人並み以下の身体能力が追い討ちをかける。

足が遅いのでモンスターに近付くのに苦労する。

反射神経が鈍いので近付いたら近付いたで危ない。

しかも、魔法は失敗が多い。というか成功することが稀だ。


さらにさらに、通常、悪魔種は何種類かの魔法が使える。

なのに、ネムは1種類しか使えない。

射程が短く、成功率の低い『スレプフリープ』ただ1種類だけだ。


攻撃型の魔法…は贅沢だとするにしても、目潰しなどで使えるフラッシュ系の魔法ぐらい使えてくれればいいのに……とは何度考えたか知れない。


知れないが、ないものねだりでしかないので、悲しくなるだけだった。


さらにさらにさらに、まだあるのか!?と思うかもしれないが、まだ他にも問題がある。

それは、【幻視獣を消せない】という問題である。

ほとんどの場合、幻視獣というのは発現者の意思でその姿を消すことができる。

それがマルコは消すことができない。

そのためネムは常に見えっぱなしだ。


それの何が問題か?と言うと、世間的に、【発現者というのは特別だ】という認識があることである。

幻視獣はそれを持たない人からすれば憧れであり、同時に怖いものだ。


平和な商店街に突然、包丁持った人が現れたらパニックになるように、レムはその実害に関係なく周りを怖がらせる。

ただでさえ、マルコは近づきがたい美形だし。


どうせ幻視獣が役に立たないなら、いっそ関係ない人生を!と思っても、幻視獣の姿を消せないマルコは、堅気な仕事もなかなか難しい。


他にもまだ問題はあるのだが、今のところはこんな所である。


そんなあれこれを思いやり、イラッとしたマルコは、ガバッと起き上がりネムを乱暴につかむ。

メェーとのんきに鳴くネム。

さらにイラッとして壁に投げつけよう……としてやめた。


八つ当たりしても仕方ないのはよく知っているから。


力なく放すと、その毛を撫でる。

つかまれて凹んだ毛がモコモコに戻る。

ネムが嬉しそうに、羽をパタパタと羽ばたかせる。

「どうしたらいいんだろうな……?」

誰に問うたか分からない質問に、長い付き合いの相棒はつぶらな瞳をクリクリさせるだけだった。



◆◆◆◆◆◆



「おはよー」

眠そうな顔をしたリナが降りてくる。

「おはよう。ご飯が出来てるが……メルは?」

「まだ寝てるわ」

「遅いな」

フェノンが苦笑いする。

「昨夜はちょっと盛り上がっちゃったからね」

ハハ…とリナも苦笑いする。

「そうか。あまり夜更かしは良くないぞ」

「気を付けるわ、ありがとう」

言いながら欠伸を噛み殺す。

「マルコは?」

「少し前に出たぞ」

「仕事見つかるのかな?」

「難しいと思うぞ」

容赦ないセリフに再び苦笑いする。

「今日は仕事探しじゃなくて、ハジテメノ洞窟に行くと行ってたからな」

「あ、そういうこと。にしてもハジテメノ洞窟?なんであんな所に?」

「ん?」

フェノンは首を傾げる。

「さあ? マルコなりの考えがあるんだろう。あそこならいくらマルコでも安全だろうし」

うん、と頷く。

「それよりも、私たちはギルドに行くぞ」

「分かったわ」

ふと思い出す。

「Bランク受けるの?」

「ん? いいのがあればな。無難なばかりでは先がないが、余り背伸びをするのは良くない。だが今日は、パーティメンバーの変更届を出さないと」

「………そうね。でもホントにいいの? 一度抜けるとしばらく戻れないわよ?」

冒険者の規定には、一度パーティを抜けたメンバーが同じパーティに戻るには最低半年が必要と決められている。

節税対策として、申告の時だけ人数を減らし、申告が終わったら戻すというやり方が問題になったためだ。

「マルコに抜けるように言ったのが私で、認めたのがマルコだ。成立した以上、正当な手続きをしないと、迷惑をかけるからな」

にべもなく言い切るフェノンに、リナは3度目の苦笑いを浮かべる。

「それにしても……」

リナは起こるであろう事態を想像する。

「……荒れそうね」

リナは自分の想像に頭が痛くなった。

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