第2話 思い出

パーティハウスを出て、とぼとぼ歩くマルコ。

その肩では、羽の生えた小さな羊がメエメエ鳴いている。

この羊、名前を【ネム】という。


この羊、当たり前だが普通の羊ではない。

この世界では【幻視獣ファルマル】と呼ばれるもので、生物ではない。

およそ200人に1人ぐらいの割合で発現し、発現した者ファルマーに、様々な恩恵をもたらす。

大別すると、

使役者の身体能力を上げる【幻獣種】

使役者の武器や道具となる【機械種】

魔法が使えるようになる【悪魔種】

の3種類がある。

中でも超常の力・魔法を使う悪魔種は希少で、貴重で、重用される。


そして、ネムは悪魔種で、〈相手を眠らせる力〉を持つ睡魔と呼ばれる幻視獣だった。


肩を落とし青い雲を背負って歩くマルコ。

そんなマルコを道行く人――主に女性―――はピンク色の煙を上げて見蕩れている。

仲良く手を繋いで歩くカップルの女の子が、マルコに見蕩れていて店の前にある立て看板に躓いて盛大にこけたりしていた。


そんな街の喧騒に気づくことなく、メエメエとのんきに鳴くネムにちょっとイラッとしながらマルコは昔を思い出す。

子どもの頃は良かった……と。



◆◆◆◆◆◆



マルコは元々バスエ村にという自然豊かでのどかな村に生まれた。

幼い頃からその人並み外れた容姿で騒がれていたが、4歳の時、幻視獣を発現したことでその評価は更に高くなる。

そもそも、幻視獣を発現する人が少ない。しかも、希少で貴重な悪魔種。更に、普通であれば8歳頃の発現が普通なのに、マルコは4歳で発現した。


お祭り騒ぎだった。

ただでさえ美形なのに。


そんなマルコにいつもくっついて遊んでいたのが、幼馴染のフェノンだった。

フェノンの将来の夢はマルコのお嫁さん!で、村の大人たちからは、マルコは立派な人になってお金持ちの偉い人と結婚するんだから、フェノンには高嶺の花なんだよ、と大人気ない事を言っていた。


しかしフェノンが8歳の時、なんとフェノンも幻視獣を発現したのだ。

フェノンの幻視獣は【幻獣種】。ただミミズみたいな微妙な見た目で、かなり気持ち悪かったため、村の人はもとより、本人もなかなかに落ち込んだ。

そんなフェノンを優しく慰めたのもマルコだった。


さてそんな2人は10歳の時、特殊使役者養成学校、通称フェアリースクールに通うことになった。

この学校は、幻視獣を発現した者を集め、その使役方法や、能力の向上などを目的として建てられた学校だ。

全部で6年間の課程を無事に卒業すれば、一端の幻視獣使いとして、社会的な成功が約束されることになる。


2人は村からの大きすぎる期待を背負って、フェアリースクールのある都市、ヒラケタ市へとやってきた。


マルコにとってここまでは良かった。

というより、ここまでしかいい所がなかった。


1年目、マルコはそこそこ優秀だった。

2年目、マルコは普通だった。

3年目、マルコは努力した。

4年目、マルコは力尽きた。


学費も衣食住も、それどころか多くないとは言え自由になる生活費すら国が負担してくれ、卒業すれば大きな後ろ盾が得られるのがフェアリースクールである。

そのため、フェアリースクールは1年ごとの考査が非常にシビアである。

この考査に落ちると一切の事情は斟酌されず、問答無用で退学となる。

マルコは、ヤツれるまで寸暇を惜しんで努力したが、5年生に上がることが叶わなかった。


目の下に隈を作り、ヤツれたマルコの姿は、何人もの女子生徒の嗜好に極めて大きな影響を与えたと言われる。


さて対するフェノンはと言うと、大躍進を遂げることになる。

勉学、運動、使役術その全てでフェアリースクールの歴史に残るほどの成績を修める。

更に成長期を迎えた彼女は、毛虫が蝶になるが如く、それまでのどこか芋くさい、いかにも田舎者然とした子どもから、眉目秀麗な佳人へと変身を遂げる。


2人の明暗は残酷なまでにハッキリと別れた。


さて、退学になったマルコは困ってしまった。

大きすぎる期待は嫌という程分かっている。

退学になっちゃったーハハハとは帰れない。

帰れば良かったのだが、帰れなかった。

別に退学になるのが珍しいわけでもないのだから。


しかし、帰れなかったのだから仕方がない。


それはいいとするにしても、現実は待ってくれない。寮も出るし、生活費もかかる。


だが、退学になったショックですっかり自信を失ったマルコは何かをする勇気も気力も湧かない。


完全に行き詰まったマルコを助けたのは、フェノンだった。


フェノンは冒険者パーティ・ネムラゴを立ち上げマルコをメンバーに加える。

でも、マルコはすっかりくたびれているので役に立たない。

結果的に、ほぼフェノン1人の力でマルコの生活費を稼いだ。

学生と冒険者の2足のわらじに学校は苦言を呈したが、フェノンはこれ以降全ての考査で全項目満点を取るという結果をもって黙らせた。


フェノン卒業後、フェノンは国中からひっきりなしに届く好条件のオファーを全て断り、冒険者として独り立ちする。

その頃には少し落ち着きを取り戻したマルコも、ネムラゴのメンバーとして頑張るようになった。


1年ほど2人で活動していたが、クエストで知り合った2人組、リナとメルが合流し、更に1年ほど4人で活動した結果、マルコが弾き出される形になったわけである。



◆◆◆◆◆◆



そんなことを思い出してマルコは思う。

「最初から俺、要らなかったよね……」

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