第6話 わたしがモデルに?


「えっ、ゆみちゃんがわたしと同じ歳ってホントなんですか?」


 わたしが別の意味でショックを受けた出来事は、学校の外で起こった。


  *  *  *


 時計の針を前年の秋に戻してみる。中学2年の秋の学園祭で、わたしは、あるモデル事務所からスカウトを受けた。わたしが通っていたW学園は、芸能人の子弟もいる学校だったので、スカウト活動そのものはさほど珍しいことではなかった。先輩の中にもそういった形で芸能界で活躍している人もいる。けれどわたしにとっては、やっぱり宝クジに当たったような感じ、いわゆる”青天のへきれき”だった。


 実際、なぜわたしがスカウトされたかいまだ不思議ではある。プロポーションが良いわけじゃなかった。背は高かったけれど、胸がないから見かけは子どものよう。


 けど、ちょうど時代が良かったんだと思う。あの頃の若い子向けの雑誌は、こぞっておしゃれに目覚めたローティーンに向けての特集を組んでいた。つまり、都会的なセンスを求めていたの。


 当時のティーンモデルは外人やハーフの子が多く起用されていたけれど、だんだんと日本人モデルが採用されていく、ちょうど変わり目だった。求められているのは、脚が長くて顔の小さな日本人。わたしのルックスは決してベストではないけど、編集部やモデル事務所が求める「清楚さ」「純真さ」「屈託のないヘルシーな笑顔」という基準は満たしていたみたい。


 のちに女性ファッション誌Cの専属モデルに選ばれた理由も、同じような理由から。


 でもね「じゃあ、痩せてて良かったね」ってなことにはならないんだなぁ。


 モデルっていうのは服を脱ぐことも多いし、やっぱり女の子なら、胸がないのは不利どころじゃなかった。学校の外で新しい世界を探したかったけど、そこでまた新しい悩みに直面したというわけです。


  *  *  *


 スカウトを受けて、やはり両親にも相談し、カメラ写りやポーズを研究したりして、雑誌のモデルという新たな世界に備えていった。下克上事件の直前、つまり中3の夏、ティーン向け季刊誌の初撮影が決まった。そのカメラ・テストの日。この日は、まだシロウトの子どもたちが初めて”プロっぽさ”を実感する日。この時、初めて出会ったのが、札幌出身のH野ゆみ。「ゆみちゃん」とわたしは呼んでいた。初対面で「なんて大人びてる子なんだろう」と思った子。それは、彼女が自分より”女性”っぽさを備えていたからだ。「身長164cm、体重47kg」というのが彼女のプロフィール。バストのサイズはもう立派に80cm超え。大人っぽくて、そして何より艶っぽかった。最初は2つか3つ先輩だと思って、敬語でおしゃべりしたほどだ。


 当然その差は、モデルとしての差として、目に見えてわかるようになる。


  *  *  *


「わたしは痩せているので、水着はNGでお願いします」


 雑誌モデルの世界では、アパレルブランド・メーカーの衣装をどれだけ短時間にキメて、格好よく写真に撮られるかが鍵。ところが、わたしは「NG項目」の多いモデルだった。他の子がどうだったかは知らないから、これは推測だけど。


 夏になると、当たり前だけど「薄着」や「水着」の撮影もある。当時はまだそんなシーンには、主としてプロポーションの優れた外人やハーフのモデルが起用されていた。でもモデルデビューから数年、10代後半になってくると、わたしにも流行りの水着を着て欲しいというオファーがあった。


 でもわたしは、水着、ランジェリー、レオタードはダメ、キャミソールですらNGと申告していた。


 その点、H野ゆみの辞書にはNGという文字はなかった。タンクトップだろうが、キャミだろうが、もちろん水着だろうが、スタッフから「着て」と言われたものをなんでも着こなしていた。


 そんな完璧なモデルに見えた彼女は、一般から見ればまあまあ細いと言われる体型なのだ。でも、事務所からは「着こなしは良くなってきたけど、ちょっとダイエットがんばろうね。あと3kgネ!」と注意されていた。衝撃だった。「モデル」という特殊な世界では、彼女の体型は「ぽっちゃり族」に振り分けられてしまうのだ。これには、カメラやテレビが、だいたい2割から3割くらい身体をふっくらと大きく見せる効果がある、という事情が関係している。だから、タレントには細い人が多い。ほんと、実際に会ってみるとビックリするから。


 そして所属事務所は、わたしの体型については少し甘く考えていたようだ。ゆみちゃんと違って、痩せているから大丈夫だろうと。でも、大丈夫じゃなかった。まさか痩せすぎでモデルとして難があるなんて、事務所の人だって思っていなかったらしい。


 わたしの痩せすぎという悩みは、ここでも共感はされなかった。


 モデルの世界では、メーカーの商品をきれいに着こなすことは、必要にして最低条件。そしてティーンファッションの世界では、モデル用に補正された撮影服は作らないのが常識だった。つまり、常に用意された既製服を着こなすことが求められる。


 そういう仕事なのに、中3の夏に減ってしまった体重がなかなか元に戻らず、高校に入って背だけが大きく伸びたわたし。そうなると、たとえSサイズの服でも横幅が合わず、でも背があるから着丈が足りず、撮影前には服やメイクで補正が必須だった。さらには出来上がり写真の修正も必要で、編集現場は本来ならいらない余計な苦労を負うことになってしまった。


 スタッフさん達に申し訳なかったとは思うけれども、自分でもこの体型を何とかしようと努力はしていたの。その結果が伴わなかっただけで、ゆみちゃんに近づきたいと、わたしはわたしなりに頑張ったのよ。


 そのモチベーションは、中3の夏合宿で起きたあの「下剋上」事件。そして、後輩や同級生からも「難民みたいな腕」「ツルッペタな胸」と、いろいろ陰口を叩かれていることに薄々気付いていたこと。だから「モデルという特別の世界で成功してあの子達を見返してやる」と、小さな心に誓ったのだった。

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