第3話 最高機密なの!
「ハイ、斎藤さん、胸囲66.5cm」
どうして先生は、そんな大きな声で、はっきりと復唱する必要があるんだろう?
あれは、中2になってすぐの健康診断の日。はっきり言って、年に1回やってくる学校での健康診断はめっちゃ憂鬱な日だったなぁ。まだ、身長や体重、座高とともに、学校で胸囲を測っていた時代。胸囲が60cm台だというのは、わたしにとっては、国家のトップ・シークレットにも匹敵する最高機密なのに。
すぐ傍には、小学校から仲良しでクラスメートだったR子とS美がいて、その数字を聞かれちゃった。わたしたちは、同じくらいの身長で、肩を組んだり腕を組んだり楽しく遊んでた。けれど、いつの間にかわたし以外の二人とも横幅ががっちりして、上半身に丸みを帯びた大人の身体へと変貌を遂げていた。つい2年前には、「えんぴつトリオ」なんて言われて一緒にからかわれていたのに。
そして、反対に二人の胸囲が75センチを超えてたのはショックだった。検診の数字は正直にからだの成長ぶりを物語る。小学校時代は仲良く水着に着替えて、一緒にプールにも行った同胞たちが見せた「女」への変貌。いつの間にか「女」らしくなった体つきを目の当たりにして、わたしはどうすることも出来なかった。自分だけがえんぴつみたいな体型に見えて仕方なかった。
中2になっても、胸囲が「60cm台半ば」というのはかなり同世代平均値を下回る。調べてみたら、小学4〜5年生の平均値と同じ。体重に関しては、わたしより背が低くてもっと少ない子もいたので、ホントは38kgくらいだったと思うけど、友達や母親には「40kgあるよ」なんて、よくサバを読んでいた。増やす方にね。
ただそのときはまだ、体重の少なさより、胸囲の発達の遅さの方が気になった。だから、まわりの子たちのどんどん大きく成長していく胸の数値にはとても敏感にならざるを得なかった。
そしてわたしは中学の水泳の時間は、プールサイドで見学していた。「ぺチャパイ」のスクール水着姿を見られるのは嫌だったし、修学旅行に行ったときも、みんなとは一緒にお風呂に入った記憶はない。友達や先生からは「生理が重い子」と思われていたに違いないと思うな。
「あなたには、まだ大人のブラジャーは必要ないかもしれないけど、スポーツブラくらいはつけた方がいいわよ」
これは中学3年の夏、わたしが母親から浴びたひとこと。
そのときすでに、クラスの中で一、二を争うほど背は高くなっていた。ところが胸の成長がいつまで経ってもやってこないのだ。思春期を迎えたまわりの友達は、女性ホルモンの分泌に伴い、小学校後半にはもう女としての「らしさ」が胸元に現れていた。いわゆる二次性徴のはじまりっていうやつ。
そこからバラツキはあるものの、多くの女子は成長曲線が一気に加速して、だいたい中学初めには開花を迎える。神様はいたずら好きだと思う。胸の発達の早い子が、背は逆に低かったりする。
わたしに初潮がきたのは、中学3年の後半だった。普通の子より相当遅かった。身長は高いのに体重が少な過ぎたせいなのかな。母親は、その時ささやかに祝ってくれたが、わたし自身はちっとも嬉しくなかった。なぜなら、「大人になった」と実感できる胸の膨らみが確認できなかったからだ。
わたしにとって、大人の”女”になるということは、母親に言われるまでもなく、ブラジャーが普通に着けられる胸を持つこと。それに尽きた。ブラすら中学生になってもまともに着けられないこのペチャンコな胸。
「成長過程に於けるよくある一過性のホルモン不足が原因なので、まだ様子を見ましょう。あまり心配をしすぎないようにね」
そんな校医さんのアドバイスにも素直に耳を傾けられなかった。
男子に「ブラデビューしてないただひとりの女子」という事実をクラスでいいふらされたのもこの頃だ。実際、「ブラジャーデビュー」したのは高1になってから。でもそれは「必要」に迫られたからではなく、モデルのお仕事として買ったもの。いや半ば強制的に事務所から「買わされた」ものだった。「見かけだけでも」ってことね。
そんなわたしについたあだ名はたくさんある。と言っても、だいたいあとから知ったものが多いんだけど(苦笑)。さっき紹介した「ジャンガジャンガ」、「エンピツ」「絶壁」「工藤静香」、太れずにむしろ痩せていった高校時代には「火星人」だの、「理科室の標本」だの、もう散々。
はっきり言って全部好きじゃない。でも「フラミンゴ」は、その中では上等な方のあだ名だった。
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