第50話

僕達が帰還をした後に、集落では帰還祝いのささやかなパーティーが開かれることになった。

 子供達も多く、特にお酒があるわけでもないので、誰かがはしゃぎすぎたり羽目を外しすぎたりしない、小規模なものだ。


 けど知らない仲でもないし、何より一ヶ月ぶりの再会で僕も含めた皆のテンションがハイになっていることもあって、別にそれで全然構わなかった。

 仲が良い人達同士なら、お酒の力を借りる必要もないし。


「はーい、それじゃあ私が作り方を見せますからねぇ」


 食事はイリア主導の下、皆で作ることにした。

 今日のパーティーは少し趣向を変えて、料理から皆で作っていこうという話になったのだ。

 ちなみにこれは、オリヴィアの提案だったりする。

 野菜にしっかり触れあっておいた方が、農業に馴染みやすいだろうという彼女の言葉には、なるほどと頷くだけの説得力があった。


 今日するのは鍋パーティーだ。

 まずはざくざくと皆で野菜を切っていく。


「ほら、こんな風に指を丸めて切らないようにして……」


「痛っ……びええええええええんっ!」


「ああっ、注意するの遅かったみたい!? 大丈夫!?」


 一緒に作業をしていた子の中に怪我人が出てしまい、カット一つで大慌て。

 急いで薬草で応急処置をすると、幸い怪我は浅いようで血はすぐに止まってくれた。


「きゅっ!」


「もう痛くない、ありがとうアレスさん、ウール!」


「ううん、僕の方こそ説明するのが遅くてごめんね」


 彼女はそのままけろりと機嫌を治すと、調理班の中に混じっていった。


 使うのが刃物なのはちょっと危ない気もするけど、こういうのは何事も経験だからね。


 最初に一人軽く指先を切ってからは、子供達も怪我をしないよう丁寧に野菜を切り始めたので、その後怪我人が出ることはなかった。


 レタスやトマトやカボチャにジャガイモ……今回収穫ができた野菜は種類が多い。

 全部を同じ鍋に入れると流石に喧嘩をしてしまうので、いくつかに分けた鍋の中に具材を入れていく。


 今回のパーティーの目玉は、収穫された野菜だった。

 けれど僕らが持ってきたとあるものは、皆の目をキラキラと輝かせた。


 僕がそれを鍋にパラパラと降りかけると、めざとくそれを見つけたエイラちゃんが期待の眼差しを向けてくる。


「アレスさん、それってもしかして……」


「うん、ご想像の通り――塩だよ」


 今回僕らは問題解決のお礼として、かなりの量の塩を譲り受けることができた。

 そして今後も物々交換で塩を得ることができるよう、ギルディアさん達の方に話もつけてきている。


 生活に塩は必要不可欠だ。

 どうしようかとずっと頭を悩ませていたので、これが解決できて一つ肩の荷が下りた気分だよ。

 これで野草を使ったスパイスだけの食生活とはおさらばである。


「知らなかったんだけど、どうやら獣人達は共同経営の岩塩の出る山を持ってるみたいでね」


「なるほど……てっきり私は、どこかから仕入れているものだとばかり思っておりました」


 獣人達は塩の管理だけは、氏族の連合同士できちんと管理をするようにしているらしい。

 どこかが独占しちゃったら、他の獣人達を従えることもできちゃうだろうからね。

 そういうのを予防するための策なのだろう。


 塩を取ってくる量は問題なく増やせるみたいなので、僕らもその恩恵にあずからせてもらうつもりだ。

 恐らくだけど、大族長になった僕は今後も定期的に各集落を行き来するようになるだろう。

「さて、それじゃあ調理も終わったし……食べようか」


「「「いただきまーすっ!」」」


「ううんっ、しょっぱい! 塩味があるよ、オリヴィア!」


「そうね……このトマト鍋、素材の味が活きてて美味しいわ」


 少なくなってきていた塩を節約しながらちょびちょび使っていた集落残留組は、久しぶりのたっぷりと塩気の含んだ料理に頬を緩ませていた。


 僕は塩気には慣れているので、鍋を軽くつまんでから脇に置かれている野菜にそのままがぶりとかじりつく。


「美味しい……」


 甘みと酸味の調和が取れているトマトは、思わずむしゃぶりついてしまうほどに美味しかった。

 僕が食べてきたものの中で一番かもしれない。


 サイズも大きく味も良いとは……マックス、恐ろしい子ッ!

 

「おいしーい!」


「おかわりもありますから、遠慮しないで食べていいですからね」


 塩という魔法の調味料を手に入れたおかげで鍋の味は、今までとは比較的にならないほどに美味しかった。

 少し多めに作ったはずなのに、皆必死になって食べたおかげであっという間にぺろりと平らげてしまった。


 お腹をパンパンにして屋敷に戻ると、旅の疲れと満腹感の相乗効果で強烈な眠気が襲ってくる。

 僕はそれにあらがわずそのまま床に就き、ぐっすりと眠るのだった。


 まさか裏で、ウィチタ達が僕について話しているなどとはまったく気付かないまま……。

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