第40話
「どうも、私がキンバリーと申します」
連れて行かれた先にいたのは、ひょろりとした痩躯の男性だった。
年齢は二十代後半くらいだろうか……ギルディアさんと比べるとずいぶんと若い。
着ている服には、色々とエスニックな意匠が施されていた。
そのせいかタッパはさほど大きくはないけれど、全体的に荘厳な印象がある。
ただ健康的な肌色をしていることが多い獣人にしては珍しく顔色は青白く、どうにも体調が悪そうに見えた。
以前人づてで聞いた話では獣人においては強さが何より重要視されていると聞くが、ギルディアさんやキンバリーを見ている限りそんな脳筋な様子はない。
人の話というのも、あまりあてにならないものだ。
「僕はアレスと申します。故あって、現在は『疾風のたてがみ』の大戦士になっています」
「なるほど、話に聞いていた通りですな……けほっ、けほっ」
僕が提げている首飾りを見つめて、こくりと一つ頷く。
「あのー、すみません。もしよければ回復魔法を使ってもいいですか?」
「そうしていただきたいのはやまやまなのですが……現状では大した対価もあげられませんので……」
「でもお辛そうですし……ほら」
「きゅっ!」
「うちのウールも心配そうにしていますので」
「けほっ……それでは、お願いしてもらってもいいでしょうか」
「きゅきゅんっ!」
ウールが全身を震わせると、キンバリーさんの身体が光り出す。
彼が回復魔法を使うと、キンバリーさんの頬に血色が戻った。
「おお、これは……すごいですね。ウール様、ありがとうございます」
「きゅ!」
胸を張ったウールに、キンバリーさんがぺこりと頭を下げる。
その後ろに控えている二人の獣人さん達も、同じように礼をしてくれた。
「えっと、それじゃあ早速なんですけど……詳しい話を聞かせてもらってもいいですか?」
いきなりではあるが、本題に入らせてもらうことにした。
『猛る牙』の状況は『疾風のたてがみ』と比べると明らかに悪そうだった。
集落を歩いている獣人達は皆多かれ少なかれ怪我をしていて、あちらとは違い話をしている人達の空気も和やかというよりぴりぴりとしていた。
あまり時間的な余裕はないかもしれない。
「ええ、それじゃあどこから話しましょうか……まずは先代族長の父ブライが死んだところから話しましょうか」
『猛る牙』の獣人の戦闘能力はかなり高い。倒せる魔物のレベルから判断するに、戦士であればCランク冒険者くらいの強さはあるようだ。
今は戦闘訓練を積み、シルバーファングとも共闘できるようになったのでまた違うだろうけど、出会ったばかりのマーナルムの成人組と比べても明らかに強い。
けれどそんな彼らは、突如として現れた魔物になす術もなくやられてしまったのだという。
族長だったブライさんは死に、本来であれば族長を次ぐはずだったカルシファーも意識不明の重体。
結果として当時体調を崩していたキンバリーさんが、族長の座を継ぐことになったのだという。
彼らを一蹴した魔物の正体とは……。
「二足歩行の狼――人狼(ウェアウルフ)です」
人狼は人間と同様、かなり個体差の大きい魔物だ。
ゴブリンと同程度の強さしかないものもいれば、Aランク冒険者でも歯が立たないほど強力な者もいる。
ちなみに知能はさほど高くないし、物語のように人間に化けて社会に溶け込むようなことはない。
あくまでも人型の強力な狼、というだけだ。
「ただ獣人の集団を蹴散らせるとなると……Bランク、下手をするとAランクの強さはあるかもしれませんね……」
「はい。幸いなことに今は周囲の森の魔物達を食らうだけで満足しているのですが、そのせいで森の中の生態系もめちゃくちゃになりつつありまして……我々はその対応だけで手一杯というのが現状です」
最高戦力であったというブライさん達が挑んで勝てなかったという時点で、『猛る牙』の人達に勝ちの目はない。
だがここは彼らが長いこと暮らしてきた集落であり、その分愛着も強い。
危険だからと新天地を探しに行くというのも、なかなか難しいようだ。
「自分としては『疾風のたてがみ』に頭を下げてお世話になってもいいと思っているのですが……先代に付き従っていた戦士達からすると、流石に受け入れることができないようで」
「なるほど……」
たしかにマーナルムの皆のように各地を転々としているという人達でなければ、まるごと大移動をするというのは難しいかもしれない。
そうなると選択肢は一つになってしまう。
ここで人狼がやってこないことを祈りながら、なんとか生きていく……けれどそんなことをしても、ジリ貧になってしまうだけだ。
この状況で、僕達にできることは何か……キンバリーさんの話を聞きながら、考える。
黙考していた時間は僕が思っていたより長かったようで、気付けばキンバリーさん達は何も言わずにジッと僕を見つめていた。
「今から新たな聖獣を呼びます。空からの偵察で強さを確認して、いけるようなら……僕達で人狼を倒しましょう」
「「「おおっ!!」」」
「ただできるとしても、当然ながらロハでというわけにはいきません。ですのでいくつか条件をつけさせてもらえたらと思います」
「もちろんです。ことは我らの氏族の存亡の危機、我々にできることであればなんでも受け入れましょう」
僕は魂の回廊を通じて『疾風のたてがみ』にいるマリーを呼び出しながら、詳細な話を詰めていくことにした。
これでマーナルムが出奔することになったいざこざを、一挙に解決できる糸口ができた。
あとは人狼さえ倒せればなんとかなる。
マーナルムの皆も、獣人達のところに戻ることもできるようになるはずだ。
彼女達がどんな選択をするかは僕にはわからないけれど……それでも関係は良好にしておいて損はないからね。
もし彼女達が全員、集落へ戻るという選択をしたらどうしよう。
僕はそんな内心の不安を押し殺しながら、人狼を倒すべく必死に頭を働かせるのだった――。
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