第39話
『猛る牙』の集落へ向かおうとしたところで、ギルディアさんに呼び止められた。
「もしよければ、これを受け取ってもらいただけると助かります」
真剣な表情で手渡されたそれは、一つの首飾りだった。
上から何かを塗られキラキラとした光沢を放っている魔物の牙と、その間に磨いて作ったかのような真っ青な球。
一目見ただけで、高級なものだとわかる。
僕は高そうな首飾りだと思い眺めていただけだったけれど、同行してくれるグルド君達『疾風のたてがみ』の全員が目を剥いて驚いていた。
「父さん、それは――っ!?」
「滅多に出すことはないのですが……これには大戦士の首飾りという名がついております」
「大戦士の、首飾り……」
「はい。これを持つ者は『疾風のたてがみ』にいる戦士達に命令権を持つことができます」
「……えっ?」
一瞬、自分の耳を疑った。
しかし周りを見ても、どうやら聞き間違いではないらしい。
これがあれば僕は、ギルディアさん以外の戦士に命令をすることができる。
そんな大切なものを渡されるとは、さすがに思っていなかった。
「『猛る牙』の集落につくと、立場がないと色々困ることも多いでしょうから……とりあえず帰ってくるまでは、うちの大戦士という形で納得していただけたらと」
なるほど、一時的な措置ということらしい。
それにしてもやり過ぎな気はするけど……向こうで余計な軋轢が起こらないようにという配慮だと思うので、ありがたく受け取っておくことにしよう。
恭しく首飾りを受け取ると、手にずしりとした感覚がやってくる。
実際の重さとは違った、別種の重みをたしかに感じた。
こうして予想外の出来事はあったものの、僕らは無事集落を出発。
一緒に行動するグルド君達より上の立場になった僕は、皆を率いて『猛る牙』の集落へと向かうのだった。
「うーん……明らかに魔物の数が多いね」
『疾風のたてがみ』と『猛る牙』の集落はさほど離れていない。
けれどある地点を境にして、明らかに雰囲気が変わった。
一番の違いはやはり、魔物の数が明らかに増え始めたことだろう。
『疾風のたてがみ』の周りで肉を取るために魔物を乱獲したのもあるかもしれないけど、それにしても数が多い。
しかも強力な魔物がぽつぽつとというより、弱い魔物達が大量にやってくるような感じだった。
生息域を追われてきた魔物達が、『猛る牙』の集落に殺到しているのかもしれない。
『猛る牙』の族長を倒したという魔物……果たして今の僕らで倒すことはできるだろうか。
図らずも『疾風のたてがみ』の大戦士になってしまった僕には、グルド君達を守る立場にもなったわけだ。
緊張しながら『猛る牙』の集落へ近付くと……こちらに接近してくる二つの影。
そこにいるのは二人の獣人だった。
彼らはこちらを警戒しながら、剣呑な表情を浮かべている。
「……聖獣様っ!?」
ジルとウールとマックスを見た獣人達が、呆気にとられて警戒を解く。
よく見ると彼らの身体には、至る所に傷ができていた。
「きゅう……」
ウールが小さく鳴く。
彼らの様子を見ているからか、どこか悲しげな様子だった。
僕は呆然としている彼らに、ウールを抱えながら近付いていき、そしてにこやかに笑いかける。
「僕は『疾風のたてがみ』の大戦士であるアレスと申します。『猛る牙』の救援にやって参りました。もしよろしければ詳しい話をお聞きしたいのですが……」
「きゅっ!」
軽く撫でてやると、ウールは回復魔法を発動させる。
光を発したかと思うと、二人の獣人達の傷がみるみるうちに癒えていった。
「は、はいっ! 案内致します!」
「どうぞこちらへ!」
ファーストコンタクトは問題なく成功した。
大戦士の肩書きが利いているからか、舐められた様子もない。
さて、キンバリーさんがギルディアさんの言っていた通り、話のわかる人だといいんだけど……。
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