第9話
【side バリス】
俺は選ばれた人間だ。
超がつくほどに稀少で、数十年に一人しか発言することがないという伝説のジョブである『勇者』まで持ってる。
俺は神から愛された人間のはずだ。
なのに、なのにどうして……
「――どうして上手くいかねぇ!」
苛立ち混じりに、目の前にある食器を叩き割る。
皿が地面に落ち、その上に乗っていた料理がぐちゃりと広がる。
「お客様、困ります!」
「うるせぇ、俺は『勇者』だぞ!」
「あぐっ!」
ストレスのあまり、思わずウェイターの人間を殴る。
人間というのは不思議なもので、殴ると先ほどまでのイライラが嘘のように消えていた。
「ふぅ……すまん、皿の弁償金と慰謝料だ」
「こ、こんなによろしいのですか!?」
「ああ、そのかわりこのことは誰にも言わないでくれると助かる」
少しだけすっきりした俺は、持っていた袋の中身を全て店に渡すことにした。
これが、えーっと……多分二日分くらいの稼ぎ全てがなくなった計算か。
まあいいさ、金なんていくらでも稼げる。
何せ俺は『勇者』のジョブを持ってるんだから。
ここ最近はどうにも調子が悪いが、俺達『ラスティソード』の実力は本物だ。
なにせ『勇者』だけじゃなくて、『水魔導師』に『セントプリースト』までいるんだ。
こんな稀少なジョブだらけのパーティーの中に『テイマー』なんて雑魚ジョブを入れていたのは、やっぱり今考えてもおかしい。
あいつが抜けてせいせいするぜ、まったく。
「え……ちょっと待ってよ、お金使っちゃったの? 一体何に?」
「えーっと……まあ別にいいだろ。金なんてまた稼げばいいし……」
「そんなわけないじゃない、何考えてんのよ!」
ここ最近、リアとは喧嘩ばかりしている。
彼女が特にうるさくなったのは、誰もやる気がなかった金の管理をいやいやながらもするようになってからだ。
リアは細かい出費にもいちいち文句をつけてくる。
これがうるさくてたまらないのだ。
一緒に依頼さえ受けてなければ、稼ぎをちょろまかしたりもできるってのに。
今腰に提げてる新品の剣を買う時も、めちゃくちゃに文句を言われたんだ。
値段が高すぎるとかぼったくりだとか言われてさ。
まったく、良い剣が高いのなんて当たり前のことだってのにな。
……ああくそ、思い出したらなんか腹が立ってきたぜ。
「うっさいな、稼げばいいんだろ稼げば! 今すぐ冒険に行くぞ!」
このイライラを魔物にぶつけてストレス解消してやることにしよう。
我ながらナイスアイデアだ。
「まったく……次はないんだからね」
「ああわかってる……ごめん、言い過ぎた、俺が悪かったよ」
普段キツい態度を取っていれば、ちょっと優しくするだけですぐに機嫌を治してくれる。
心の中でどう思ってようが謝ればいいんだから、チョロいもんだぜ。
今回受けたのは、ファイアバッファローの討伐依頼だ。
普段湿原で暮らしているらしいファイアバッファローが本来の生息域を出て、草原に出没し始めたらしい。
こいつらがその先にある山林にたどり着いてしまう前に狩ってくれという、緊急性の高い依頼だ。
だがその分依頼料もデカい。
達成すれば一週間くらいは何もしなくても生きていけるはずだろう。
「よし、あいつらだな……ヒメ」
「はい……レジストファイア」
ヒメの使える聖魔法は各種属性に耐性をつけることができる。
耐火属性用のレジストファイアをつければ、ファイアバッファローの脅威は一気に半減する。
ファイアバッファローは物理に強いが、俺が新しく買ったこのミスリルソードであればしっかりとその硬皮も切り裂くことができるはずだ。
更にファイアアバッファローの弱点である水属性が使える『水魔導師』のリアもいるんだから、負ける道理がないというもの。
「よし行くぞ……うおおおおおおおおっっっ!!」
『勇者』で強化された脚力で一気に駆け寄っていく。
そのままファイアバッファローの首筋へ一撃――よし、ドンピシャ!
バキッ!
「……は?」
折れたのはファイアバッファローの首の骨……ではなく、俺が持っているミスリルソードだった。
見ればミスリルになっているのは外側だけで、よく見ると内側に使われているのはただの鉄だった。
あ、あの鍛冶屋……俺にパチモン掴ませやがったな!
「ブモオオオオオオッッ!!」
「ごふううううっっ!!」
痛ぇえええええええっっ!!
鍛冶屋のジジイへの怒りに状況を忘れていた俺に、ファイアバッファローの頭突きが見事クリーンヒット。
いくら炎への耐性をつけているとは言っても、強烈な頭突きは普通に痛い。
「ぐっ……退却だ! 退却するぞ!」
「えっ、ちょっと……逃げるの!?」
ヒメに回復魔法をかけてもらうと、俺達は脇目も振らずにその場から逃げることにした。
いくら相性がいいとは言っても、リアの魔法で全てのファイアバッファローを殲滅させるのは不可能だ。
俺のなまくらじゃファイアバッファローの硬皮を斬れねぇし。
急いで帰った俺達は、ギルドに依頼失敗の報告をした。
忘れていたが、依頼未達成のペナルティは重い。
違約金の支払いで、今まで頑張って溜めてきた貯金が一気にパァになった。
そして緊急性の高い依頼に失敗したことで、ギルドからの信用を失いランクをCに下げられてしまったのだ。
俺達は反省会をすることにした。
金がないので、場所は以前と比べると三つくらいランクを落とした安い酒場だ。
リアもヒメも、表情が暗い。
誰の口からも、ため息が出るばかりだった。
「はぁ……もう終わりかもしれませんね、私達……」
「何言ってるんだよ、俺達はまだまだこれからだろ」
「こんなことになるなら、やっぱりアレスさんに残ってもらっていた方が……」
「――おい、ヒメ、今お前なんて言った?」
「ひっ、すみません!」
アレスに残ってもらっていたら……だと?
たしかに俺達が上手くいかなくなり始めたタイミングは、たまたまアレスがいなくなった時と重なっている。
だがそれはまったくの偶然ってやつだ。
あの雑魚が抜けて全てがおかしくなったって言うんなら――それはあいつが有能だってことじゃないか。
あいつは無能なんだから、いなくなっても問題はないんだ。
俺が理路整然と諭すと、ヒメはこくこくと頷いてくれる。
「そっ、そうですよね!」
「ああ、そうさ」
まったく、あのむかつく顔を思い出すだけでイラついてくるぜ。
『勇者』の率いるパーティーに、『テイマー』なんて雑魚はいらない。
今は四人でやっていた連携を立て直している最中だから、上手くいっていないだけだ。
すぐにでも、元の調子を取り戻せるはずなんだ。
(そうさ……そうに決まっている)
頭の中をわずかによぎった不安をかき消すために、俺はワインのおかわりを頼んだ。
やってきたジョッキの底には、暗い色をした澱が溜まっていた――。
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ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
第一章はこれにて完結です!
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