第七話 アレス〜鎖がよく似合う男〜

 さて、ここからは私の推し神であり、ゼウスの子供世代の神々について語っていきましょう。最初に語りますのは、血沸き肉躍る戦の神、人々の加虐心や闘争心を煽る、戦の負の側面を司るアレスです。

 ゼウスと正妻ヘラの息子であり、まさにオリュンポス神族の正当な後継者……かと思いきや、その扱いはかなりぞんざいです。ここでは、アレスがいかに不憫な目にあってきたのか、そして彼の魅力について語っていきましょう。



①戦神アレス~負けた数の方が多い~


 戦神アレス、彼はたんに戦争そのものを司るわけではありません。兵術や作戦を立案し『知恵』を用いて戦う理性的な知恵女神アテナと異なり、彼は破壊、殺戮、恐怖、血液といった戦争の恐ろしい面を司っていました。

 古代ギリシャにおいて、『理性的か否か』というのは大きな意味を持ちます。理性を持って戦い、生きることは彼らにとって最大の美徳であり、本能のままに殺すことは『野蛮』とされ、それはそれは嫌われていました。神々からも人々からもです。

 そういった背景があるからなのか、アレスは戦神でありながら、毎度ボッコボコにされて逃げ帰るという話が定番でした。


・姉アテナに戦いを挑むも、石を投げつけられ気絶

・アテナのお気に入りの英雄ディオメデスに、槍で突き刺され悲鳴を上げながら逃走。その悲鳴は兵士一万人分の声量だった。

・父ゼウスにアテナの野蛮さを訴えるも、逆に「この軟弱者めが! 神々の中でワシはお前が最も憎い、情けない!」と怒られてしまう。

・女性を巡って、弟ヘルメスやアポロンにボクシング対決で完敗する

・英雄ヘラクレスに惨敗

・巨人によって青銅の甕に13か月閉じ込められる……etc.


 え、本当に戦神⁇ と疑問に思ってしまうほどの惨敗っぷりです。しかも神々からも人々からも罵られ、蔑まれる始末です。そんな不遇神アレスですが、一部の地域では主神級に崇められておりました。



②誰よりも出世した戦神~お前が№1だよ~


 最強の戦闘民族国家『スパルタ』では、アレスを主神の一柱として崇めていました。強い戦士を作ることをモットーとし、生まれた時から死ぬ時まで、毎日訓練付けの日々、勿論贅沢なんて許されません。

 戦場での飢えに慣れさせるために、育ち盛りにもかかわらず、食事は必要最低限しか与えられなかったり、戦場で素早く動けるように、盗みを覚えさせたり……まさにスパルタ教育です。

 そんなスパルタでは、アレスの銅像に鎖を巻き付け(あるいは足枷を履かせ)ました。その理由は単純で、『自分たちに勝利をもたらすアレスが、他のポリスに行かないようにするため』です。超絶イケメン(公式)が、鎖に巻かれている彫刻一目でいいから見たかったです……


 このように、一部の地域では崇められてはいましたが、他のポリスでは崇められず、神殿の数も少ないアレス。しかし彼は、オリュンポス神族の中ででもあるのです。


 古代ギリシャのポリスや文明は、後にローマ帝国に吸収されます。その際、ギリシャの神々はローマ神話の神に吸収されます。例えば、最高神ゼウスは天候神ユピテルに、狩猟神にして月女神アルテミスは、同じく月女神のディアナにというようにです。

 戦神アレスは、ローマにおける戦神『マルス』と同一視されます。また、領土拡大中のローマ帝国において、戦神マルスは最高神の一柱に数えられていました。ギリシャ文明では、神々や人々から見下され、大いに嫌われていたアレスが、後の時代では父ゼウス(ユピテル)と同じ、最高神の一柱となったのです。まさに大出世です!!


 このように、当時の人々の価値観や歴史は、神話や神々に大きな影響を及ぼします。アレスもまた、人間たちの持つ考え方によって振り回された神ですが、それでも現代にまで残り続けたのは、不屈の闘争心を司るにふさわしい戦神だからでしょう。

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