第五話 ハデス~事前に許可を貰っているが?~

 『善き忠告者エウヴレウス』『名高き君クリュメノス』という、名君としての名を持つ一方で、『死霊の救い手ネクロン・ソテル』や『見えざる者アイドネウス』という死と冥府を司る男神、それがオリュンポス神族の長兄ハデスです。

 ですが、現代におけるハデスというのは、ゼウスを倒そうと目論む悪役としてのイメージがかなり強くなっており、特に映画や漫画における彼は悲惨な最期を遂げています。私的にはかなりショックです。なぜなら、彼ほど理性的で、まともで、恋愛下手というギャップが萌え……意外性に富んでいる神はいないからなのです(あくまで私の意見ですが)。



①妻に一途な冥府の王~結婚までの策略~

 

 そんなハデスの妻というのが、前回登場したデメテルの愛娘コレーです。火山が噴火して出来た地割れから、地上で軽やかに笑うコレーに一目ぼれしたハデスは、すぐさま馬車を用意して、彼女を連れ去……りませんでした!

 彼が真っ先に向かったのは、コレーの実父である弟ゼウスの宮殿です。そこで何をしたのかというと……


ハデス「娘さんを私に下さい!!」

ゼウス「全然いいよ~」

ハデス「良かった……なら今から冥府に連れて行こう」

ゼウス「行動力鬼かよ兄ちゃん」


 なんと、実父の許可を先に貰ってから、コレーを冥府に誘拐したのです。では母親であるデメテルにも許可を貰ったのかというと、それはありませんでした。

 というのも、古代ギリシャにおいて、結婚に必要なものは新郎新婦の父親同士の許可だったからです。父親同士が「うちの娘(息子)と結婚していいよ」と承諾しあえば、どんなに年齢が離れていようが、子供同士の同意がなかろうが、結婚成立となるのです。この神話はそんな風習が、よく表れたものとなっています。


 こうしてハデスはコレーを誘拐し、冥府での新しい名前を与えます。それが冥府の女王ペルセポネでした。なぜ名前を変える必要があったのかというと、地上における春の女神と、冥府における死者の女王という側面を使い分ける必要があっただとか、彼女は処女コレーではなくなったため、新しい名前が必要だったとかと言われています。

 その後、ペルセポネは伝令神ヘルメスによって、地上に連れられるのですが、ここで折れるハデスではありません。なんと事前に彼女に冥界の柘榴を食べさせ、冥府に縛り付けようとしたのです。

 

ハデス「私から逃れられるとは思うなよ、愛しきペルセポネー」


という副音声が聞こえてきそう。

 というわけで、彼女は一旦地上で母デメテルと再会し、春から秋までは一緒に農耕と植物の女神として君臨しますが、冬はペルセポネーとして冥府に赴き、その間娘がいない苦しみでデメテルがボイコットするようになったのでした。


②冷酷無慈悲? それとも慈悲深い?


 このように、ハデスは妻を手に入れるために、ありとあらゆる策略を練るという抜け目のない性格です。妻にしたいという一心で、無垢な処女を誘拐し妻にするという冷酷無慈悲で自分勝手な神と思うのは当然でしょう。

 しかし、彼は冥府の王として誰にでも平等に、公平に死を与える名君であり、どんな賄賂も決して受け取ることはない、理性的な神でした。そして何より、妻ペルセポネを一途に愛し続けており、ギリシャ神話で唯一浮気エピソードがない神でもあります。まぁ、ペルセポネは美少年アドニスと浮気してますが……


 そんなハデスの、慈悲深いエピソードの代表格がオルフェウス神話でしょう。死んでしまった妻の復活を求め、オルフェウスは恐ろしい冥府を下ってゆきます。琴の名手であった彼は、妻への想いを歌いながら下ります。そのあまりに美しく、悲しい調べに冥府の囚人や、怪物さえも涙を流した、あるいは共に歌ったとのことです。まさに某アニメ会社のプリンセス(違う)。


ハデス「お前の歌は私たちの心を震わせた……だが、残念だが死者の復活は認められ……」

ペルセポネ「え? 復活させてあげないのですか?」

ハデス「認められるな、これは。私も妻も感動したし」


 というわけで、冥王夫妻はオルフェウスと妻の復活を、条件付きで認めます。まぁ、その条件を守れず失敗したため、妻はまた冥界に戻るのですが。

 他にも、人身御供で殺された少女を彗星に変えその犠牲を悼んだりと、ハデスは人の想いに感動し共感し、人間を慈しむこともできるのです。


 死すべき身の人間にとって、死は恐ろしいものでありますが、同時に身近な存在でもあったのです。だからこそ、冥府の王ハデスは冷酷である一方、人間を慈しむ神としても描かれたのかもしれませんね。

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