第四話 デメテル~娘以外なにもいらない!~

 ギリシャ神話において、人間はかなり理不尽な目にあっています。しかし、この女神のある行動は、人間だけでなく神々にも影響を及ぼしました。

 その女神の名前は、農耕神デメテル。食料や穀物、そして飢餓を司る女神であり、娘のために世界を滅ぼしかけた、重すぎる愛情を持つ母女神。今回は、そんな娘依存なデメテルについて、語っていきましょう。


①娘以外なにもいらない!


 『恵もたらす君アネシドラ』、『メガラ・メテル大いなる母』という別名を持つ女神デメテルは、その名の通り、人々に穀物の栽培方法を授ける農耕神であり、大地の恵みそのものを擬人化した女神です。

 そんな彼女には、誰よりも大切な娘コレーがいました。実の弟ゼウスとの間にできた処女神です。『娘は絶対誰にも渡さない!!』という強い意思を持ち、2人でこっそりシチリア島に隠れ住んでいましたが……


ある日、そのコレーが何者かに誘拐されてしまったのです。


 半狂乱になって探し続けるデメテル。美しい髪もボサボサに、衣も薄汚れて、化粧も何もしていないその姿はまるで老婆のよう……。その後デメテルは、誘拐犯は兄ハデスであること、この誘拐には弟ゼウスが関わっていることを突き止めます。オリュンポス神殿にて、娘を取り返すよう直談判するのですが、適当にあしらわれてしまいました。


デメテル「そうですか……お前がそのつもりなら、私にも考えがありますからね」


 こうしてデメテルは、自分の仕事を放棄しました。すると、作物や穀物が一切生えなくなり、人間が次々と餓死していきました。それだけではありません。自分たちの信者が次々と冥界に送られたことで、供犠(祭典や生贄のこと)が絶たれた神々も、絶滅の危機に瀕したのです。

 ようやく焦り始めた神々は、デメテルに贈り物を届けて仕事をするよう説得しますが、彼女はフルシカトして、神殿にこもりきりになります。娘以外どうでもいい、何もいらないという狂った愛情が、世界を滅ぼしかけたのです。

 大地の母で優しいイメージのあるデメテルですが、『情け容赦なき君アガニッペ』と呼ばれる訳が分かった気がします。


②ミステリーの語源


 神殿にこもりきりになったデメテルですが、娘探しの旅は続けていました。その旅路の中で、彼女はある宗教の開祖となるのです。お暇なのかな?

 というのも、老婆に扮していたデメテルは、エレウシスという町で領主の娘と出会います。女神とは知らない乙女たちは、みすぼらしい老婆を哀れに思い、弟の乳母の仕事を与えてあげるのです。純粋な優しさに心打たれたデメテルははりきります。


デメテル「せっかくだから、この子を不老不死にしてあげましょう! きっとあの人間たちも喜ぶわ!!」


 さすが神、御礼の方法がぶっ飛んでます。こうしてデメテルは、人間の赤子を不死にすべく、神々の食物アムブロシアを赤子の肌にすりこみ、夜な夜な火にくべるようになりました。それこそが、人間を神と同じように不老不死にする唯一の方法だったのです。

 当然ですが、赤子が燃えている姿を見た母と姉たちは怒り狂い、無理やりデメテルから引きはがしました。これに逆ギレするデメテル。ポセイドンといい、大地系の神々はアンガーマネジメントを学んだほうがいいと思います、ほんとに。


デメテル「愚かな人間どもよ。この私を誰と心得る!! せっかくこの私が、赤子を不老不死にしてやろうと思ったのに(以下略)……この私の怒りをおさめたくば、エレウシスの小高い丘の上に社と祭壇を築くがいい。私自らが、秘儀を授けてやろう」


 こうしてエレウシスには、デメテルと娘コレーを祭る巨大な社殿が作られました。この神殿では、デメテルが人々に授けた「秘儀ミュステリオン」が執り行われたとされています。

 この「秘儀」がミステリーの語源であり、一切の記録が残っていないことから、謎に包まれたエレウシスの宗教的儀式なのです。一説によれば、死後の幸福を願うために数週間にわたって行われたそうですが、記録を残すことは死罪とされたため、有力な手がかりは見つかっておりません。

 

 さて、デメテルは娘コレーと再会できたのでしょうか? 神々と人間は絶滅の危機から脱するのか? その結末は、次回の『善き忠告者』の解説で語っていきます。

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