第37話 再会③


「おお、リアン、よく来てくれた!」


 満面の笑みで迎えたのは、ルピナス国の王、レオポルドである。彼もアーロンとの戦いに負けて非業の死を遂げた一人だったが、リアンがアーロンを倒したことで歴史は変わり、今は国民からの信頼厚い賢王となっている。

 レオポルド王は人払いをしたあと、リアンたちに、長方形の大きなテーブルの席に着くよう促した。


「クロノス神から、話を全て聞かせて頂いた。君が、この世界を救った最強の魔法使いだったんだね。私や、多くの民を救ってくれたことに対し、王国民を代表して礼を言わせてもらう、本当にありがとう」


 レオポルド王は、深々と頭を下げた。


「陛下、お顔をお上げ下さい。あの戦いは私の為の戦いでもあったのですから、礼など無用です」


 恐縮したリアンが、王を気遣った。


「いや、王国民に全ての事を話せないとはいえ、君の功績は余りにも大きい。望みがあるなら叶える故、遠慮なく言ってほしいのだ」


「王様、私の望みは妻を取り戻すことでした。それも叶った今、欲しいものなどありません」


 傍らのイベリスと、視線を合わせたリアンが微笑んだ。


「本当にいいのか? 後で奥方に叱られないだろうな」


 王が、茶目っ気な目でイベリスを見ると、彼女はくすりと笑って、「主人の意のままに」とお辞儀をした。


「そうか、夫婦そろって欲がないな。気が変わったら何時でも言ってくれ。それで、守護魔法騎士の件は受けてもらえるのだろうか。今まで通りルークと力を合わせて、この国の為に働いてもらいたいのだ。当然、クロノス神からの仕事は優先してくれて構わない」


「分かりました。謹んで受けさせて頂きます」


 リアンが頭を下げると、レオポルド王は満面の笑みで頷いた。

 その後も、王との話は盛り上がり、時間はあっという間に過ぎていった。



 王との謁見も終わり部屋を出ると、そこには、一人の老人が、柔和な笑みを湛えて立っていた。


「ローマン様!」


 懐かしさにリアンが走り寄ったのは、サタンハートを生み出した魔法具師、ローマンだった。


「今の私の記憶には君は登場しないが、話はルークやクロノス様から聞かせてもらった。儂の不始末の尻拭いをさせてしもうて申し訳ない。この通りじゃ」


 サタンハートが無くなって、十数年前から普通に歳を取りだしたローマンは、しわがれ声で頭を下げた。彼は、既に百五十歳を越えているはずである。


「ローマン様、お顔を上げて下さい。あなたは私を護る為に命を捨てて下さった。そして、女神ステラ様に逢わせてくれたのも貴方です。御礼を言うのは僕の方です」


 リアンは、ひたすら頭を下げるローマンの手を取り、優しく抱きしめた。


「これからは、いつでも遊びに来てください。そうだ、今度、ノア様に会いに行きましょう」


「ノア様に……、有難い、やっと願いが叶うのか。楽しみに待つとしょう」


 ローマンはノアを目標に、魔法具師になったのである。師とも仰ぐノアに会えると聞いて、彼は子供のような笑顔を作った。



「リアン、任命式の時刻だ。そろそろ行こう」


 ローマンと別れたリアンは、ルークたちと共に式場へと急いだ。



 リアンが宮殿前の広場に姿を見せると、観衆から怒涛の歓声が涌きあがった。彼は、大きく手を振って皆に応えた。


 この世界のリアンは、ルークの元で魔法の修業をする傍ら、国民が困っていると聞けば、出掛けて行って親身に話を聞き、問題解決にあたって来たのだ。その為、若きリアンの名は、王国中に知れ渡っていたのである。 


 程なくして、ファンファーレが鳴り響き、レオポルド王が側近達と入場すると、任命式が始まった。


「リアン、ガルシア。前へ!」


 国王に呼ばれたリアンは、ゆっくりと王の前に進み出る。


「リアン、ガルシア。貴君は魔法使いルークの後継者として、その非凡な魔法の才能を遺憾なく発揮し、国の為に大いに尽くしてくれた。その功績を称えると共に、貴君を国の守護職である魔法騎士に推戴するものである!」


 魔法騎士の推戴の辞を読み上げたレオポルド王が、その推戴書を両手で掲げると、群衆から大歓声が上がった。

 続いて王から、マントや剣などの魔法騎士の制服がリアンに渡された。


「おめでとうリアン!」


 王がリアンの腕を取り、高々と上げて観衆にアピールすると、再び大歓声が湧き起こった。


 彼は、「民の為、国の為、今後とも精進して参りますので、よろしくお願い致します!」と決意を述べた。




 任命式が終わって帰途に就こうとすると、カマエルが駆け寄って来た。


「リアン、本日はおめでとう」


 カマエルの口から発せられた声を聴いて、リアンは驚いた。


「? その声は、ステラ様!?」


「驚いた? こんなに早く再会できるとは思わなかったでしょ。

 あの時、アーロンがまだ生きていると知ったのは、私が消えた後だったの。アーロンを倒すためには、どうしてもカマエルの力が必要だったから、瀕死の彼女の中に入って蘇生させたのよ」


「やはり、そうでしたか。カマエルの復活といい、アポロンの鎧が勝手に動いて彼らを倒した事といい、そんな芸当ができるのはステラ様しかいないと思っていました。有難うございます。結局、最後までステラ様に助けてもらうばかりでした……」


 リアンは、申し訳なさそうに顔を伏せた。


「何を言うの、貴方が命がけで精一杯闘ったから、私は力を発揮できたのよ。自信を持ちなさい! それからリアン、神の力を手にした貴方は、これからも、この世界を護るために戦わなければならないわ。無限の時の世界も含めてね。この先、どんな強敵が現れるか分からないけど、あなたはもっと強くなれる。更に精進するのよ」


「はい、頑張ります!」


 リアンは顔を上げ、力いっぱい叫んだ。


「私は、カマエルと共に天上界での仕事になると思うけど、いつでも会えるから、何でも言って頂戴。イベリスさん、本当に良かったわね、おめでとう」


 カマエルの中のステラが、傍に居たイベリスに視線を移して微笑んだ。


「ありがとうございます。夫から全てを見せてもらいました。こうして、私や多くの民が救われたのも、ステラ様のお陰です」


 イベリスは、リアンと共に深く頭を垂れた。




 リアンは、通常は国の守護魔法騎士として働き、休みの日には、ブローニュ家の跡取りとして采配を振るい、農業も手伝っている。


 清々しい風が吹き渡る美しい田園の中で、家族や領民たちと共に、収穫作業にいそしむリアンとイベリスの姿があった。その傍には息子のアントニーも走り回っている。

 それは、二人が願った、これ以上ない幸せな日々だった。



 数ヶ月が過ぎた頃、ブローニュ家の裏の森で、黄金のリングを見たという噂が、誰とはなしに囁かれるようになった。


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タイムリング―妻を悪王に殺された僕は、過去に戻って妻を生き返らせる 安田 けいじ @yasudk2

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