第36話 再会②
幸せそうなリアンの様子を、遠くの物陰から見ていたのは、カマエルだった。彼女は、リアンとイベリスの事が気になってやって来たのだ。そしてもう一人、
『どんなに歴史が変わっても、リアンとイベリスの絆は変わらなかったのね。……良かった』
しみじみと言ったのは、カマエルの中のステラだった。
「本当にお幸せそう、私も嬉しいです」
『リアンのことを見届けられてよかったわ。カマエル、そろそろ帰りましょうか』
「ステラ様、リアン様に私達が一体となった事を言わなくていいんですか?」
『今は邪魔しちゃ悪いから、又の機会にしましょう』
「それもそうですね。ステラ様が私の中に居ると知れば、リアン様、きっと驚くわ」
嬉しそうに言ったカマエルは、リアンの方をもう一度振り向いて、空へと飛び立っていった。
カマエルは、天帝から天界の守護神としての使命を与えられていた。当面、彼女は家族と暮らしながら、定期的に天界や冥界に出向き、監視作業や問題解決の仕事をすることになっている。
ブローニュ家に迎えられたリアンは、頭を打って記憶をなくしたという事にして、夫妻やイベリスから話を聞き出し、記憶の空白部分を埋めていた。
話によると――昨日までの彼は、ルークによって魔法を仕込まれ、その片腕として城の仕事をしていたようで、本来逢うはずもないイベリスと出逢わせてくれたのも、他ならぬルークだったことも知った。リアンは、有り難き師匠に、心から感謝した。
また、後継ぎが居ないブローニュ家に、婿として入る事を、両親と相談して決めたことも知ったのである。
その夜、子供を寝かしつけたリアンとイベリスは、ベッドに腰掛けながら話し合っていた。
「イベリス、実は君に話しておきたい事があるんだ」
「何かしら、記憶をなくした事?」
真剣な表情のリアンに、イベリスも居住まいを正して彼の言葉を待った。
「実を言うと、僕は昨日までの僕では無いんだ。その経緯を話したところで信じられないだろうから、魔法で、僕の記憶を君に見せようと思うんだが、どうだろう?。
それは、君にとって衝撃的な内容だから、できる事なら見せたくはないんだけど、僕の妻であるイベリスには、本当のことを知っていてもらいたいんだ」
リアンの最後の言葉は、懇願するような口調だった。
「私も、あなたが記憶喪失なんかじゃないと感じていたわ。疑問を持ったまま、ぎくしゃくしたくないから、あなたの記憶を見せて頂戴」
イベリスの返事は即答だった。それは、アーロンに挑んだ時のような強きイベリスと重なった。
「分かった。じゃあ、時間はそんなにかからないから、今からやろう。ベッドに横になってくれるかい」
リアンが準備を始めると、イベリスはベッドに身を横たえた。
「かなり、怖いシーンがたくさん出て来るけど、僕がついているからね」
ベッドの脇に椅子を置いてそれに座ったリアンは、目を閉じたイベリスの手を左手でしっかり握り、右の掌を彼女の額に当てたその刹那――イベリスは、夢の世界へと落ちていった。
眠るイベリスの視界に、いきなり飛び込んで来たのは、燃え上がる我が家を、黒騎士たちが取り囲んでいる場面だった。
「イベリス!!」炎の中から、父母の悲痛な叫び声が聞こえて来ると、イベリスは身を固くして顔を強張らせた。
「心配いらない、僕がついている!」
リアンの力強い声で、その顔が安心した表情へと戻った。
夢の中の物語は、リアンとの逃避行へと進む。両親の死で生気を無くしたイベリスを懸命に支えるリアン。そして、住み込みで働いた楽しい日々が過ぎて、宿敵アーロンの登場で再び悪夢へ。リアンとの契り、アーロンとの対決、そして――自分の死。
眠るイベリスの顔に、無念の表情が浮きあがった。
彼女が落ち着くのを待ってから、物語は、遺されたリアンの人生へと進んでいった。ルーク、シルフとの出会い、魔法の修行、ローマンと女神ステラとの出会い。
魔獣達との死闘を経て、ルーク、シルフ、ローマンの死。ノア、カマエルとの出会い、タイムリングを起動して過去へ、そして、アーロンとの最終決戦――。
リアンの全ての戦いの根底には、「愛するイベリスにもう一度会いたい! 何としても彼女を救いたい!」との、悲願が貫かれていた。
最後に、イベリスとの再会。リアンがイベリスと我が子を抱きしめ、涙を流す場面で物語は終わった。
――この瞬間、リアンとイベリスの別々の人生が、一つに重なったのである。
静かに身を起こしたイベリスの目からは、涙が溢れていた。
「これが、私達の真実なのね。なんて人なの、私なんかの為に命を懸けるなんて……」
「君の為なら何度でもこの命を捨てる。それが、僕の君に対する愛だ!」
二人はひしと抱き合い、互いの愛を確かめ合った。
次の日、近くで魔法具の店を出している、リアンの両親が尋ねて来た。リアンにとっては、幼き日に別れたままで、その姿も、ぼんやりとしか覚えていない父と母だった。
彼は、あらかじめイベリスの記憶を覗かせてもらい、両親との再会に備えた。
「リアン。アントニーは何処だ。おじいちゃんが来たよ、アントニー!」
「あなた、そんな大声出さないで。常は難しい顔して魔法具と睨めっこしているのに、孫の事になると別人のようになるんだから。あなた、ちょっと待って、アントニーどこなの!」
賑やかに現れた両親は、リアンのことなどそっちのけで、孫のアントニーの元へ行ってしまった。感動的な再会を期待していたリアンは、呆気にとられながらも、両親の元気な姿を見て、嬉し涙を浮かべるのだった。
リアンとイベリスの新生活がスタートして、一週間が過ぎた頃、城から登城の報せが届いた。それには、リアンを魔法騎士に昇格させるから、明後日に行う任命式に、一家で出席するようにと書いてあった。
リアンもこの時は訳が分からなかったが、ルークから後で聞いた話では、王の元に、時の神クロノスが現れ、時の守り人として、リアンを時々借りたいとの申し出があったようだ。
クロノスから、リアンの、神にも匹敵する力を聞いた王は、彼を一魔法使いから国の守護職である魔法騎士に昇格させることを決めたのである。
「魔法騎士なぞ聞いた事も無い称号だが、どういうことだ?」
「何でも国の守護職だそうだ。守護者なら、ルーク様が居るのになあ」
両親や、ブローニュ夫妻が訳が分からないといった表情をするのも無理はなかった。彼らには、リアンがタイムリングや星の剣を操る、この世界随一の魔法使いである事は知らされていないのだ。知っているのは、王を始めとする一部の人間だけなのである。
「いいじゃない。リアンの実力が認められたんだから盛大にお祝いしないとね」
イベリスが、素知らぬ顔で話を合わせてくれた。
そして、任命式の当日がやって来た。城内の広場には、千人ほどの王国民も集まって来ており、祭りのような賑わいを見せていた。
リアンたちが宮殿の入り口に姿を見せると、ルークと絨毯に載ったシルフが、笑顔で出迎えてくれた。シルフは、相変わらずモグモグと口を動かしている。途中で、両親たちは別室へと別れ、イベリスとリアンは彼らと話しながら、王の間へと進んだ。
「リアン、お前にとっては数日だったかも知れんが、この十数年は長かったぞ」
ルークがリアンの肩に手を置いて、にこやかに言う。
「全くじゃ。今迄のリアンとそう違わんようじゃが、あの時のリアンなのか?」
息がかかるほどに近づいたシルフが、リアンをジロジロと見る。
「お二人ともお待たせしてすみません。十日ほど前に帰っていたのですが、まず家族に会いたかったものですから。それから師匠、イベリスと出会わせて下さって有難うございます。皆様のお陰で、イベリスをこの手に取り戻すことができました」
「そうか、願いが叶って良かったなリアン……。イベリス、此度はおめでとう」
リアンの幸せそうな顔を見て涙ぐんだルークは、傍らのイベリスに笑顔を向けた。
「全て、ルーク様のお陰です。こちらこそありがとうございました」
イベリスは、輝く笑顔を返しながら頭を下げた。
暫く歩いて王の間に着いた彼らは、豪華で重厚な扉の中へと入っていった。
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