第35話 再会①
過去のルークたちに別れを告げたリアンとカマエルは、瞬時に、元の時代のノアの空船アルカに着いていた。
リアンは、元の時代に戻るにあたって、ある心配事があった。それは――過去に戻って歴史を変えてしまえば、そのことで人生が大きく変わった過去の自分と、タイムトラベルして戻って来た現在の自分が、戻った瞬間に一人の人間として融合するという、ノアの話だった。
だが、融合した時に、どちらの記憶が残るのかは聞かされておらず、それが心配だったのである。万一、今のリアンの記憶が消えてしまうならば、死にも等しいことになる。
今、背中には星の剣があり、記憶にも変化が無い事を確認したリアンは、
(例えどんなに歴史が変わろうとも、タイムトラベルした本人の人生は変わらないのだ)
と、ホッと一息ついた。
ただ、この世界での十数年の記憶が全く無い事に、リアンは気付かねばならなかった。
「カマエル!!」
「お姉さま!」
船に現れた二人の元に、ガーベラとアリエルが走り寄った。
「二人とも無事でよかった。任務は成功したのね」
ガーベラが、包み込むような眼差しを二人に向けた。
「はい、カマエルのお陰でアーロンを倒すことが出来ました。こちらの世界に何か変化はありましたか?」
「貴方たちが旅立ってから、まだ数時間しか経っていないので、下界の様子は分からないんだけど。少し前に、ノアが『この世界の空気が変わった』と言ったから、きっと貴方たちがアーロンを倒したのだと思って待っていたのよ」
「そうでしたか。色々あったのですが、カマエルと無事帰ることができて安心してます」
リアンは、カマエルの美しい瞳を見つめながら微笑んだ。そのとき、笑みを返すカマエルが醸し出すオーラに、リアンは違和感を感じたのである。
「リアン、カマエル、ご苦労だったな。ん?……」
遅れて姿を現したノアも、カマエルを見た途端、怪訝な顔になった。
「お父様、只今帰りました。サタンハートの化身であるネーロとの戦いでは、魔力を使い果たして負けてしまいました。でも、気付いたら、バラバラになっていた身体が元に戻っていたのです」
「すみません、私が付いていながら……」
リアンが、申し訳なさそうに頭を撫でた。
「お前たちのせいではない。過去の世界では、人々の悪心の方が善性に勝っただけだ。ただ、力を使い果たしていたのに、何故カマエルが再生出来たのかが解せんな……。
まあ良い、結果的にアーロンを倒せたのだから素直に喜ぼうじゃないか。リアン疲れたじゃろう、部屋に戻って休むと良い。カマエルは私の部屋に来なさい」
ノアはそう言って船内へと入って行き、その後にカマエルが続いた。
自室に入り、カマエルと向かい合ったノアは、
「そのオーラはステラ様ですな」
と、笑みを湛えて言った。
「……やはり、伝説の魔法具師ノア様の目は誤魔化せないようですね」
カマエルの口から発せられたのは、女神ステラの声だった。消えたはずのステラは、カマエルの中にいたのだ。
「そのオーラもですが、力を使い切ったカマエルは再生できないはずなので、そうでは無いかと思いました。大切な娘を救ってくださり、感謝致します」
ノアは、深々と頭を下げた。
「カマエルは、共に戦った大切な同志ですし、既に星の剣から離れていた私には、アーロンを倒すために彼女の力が必要だったのです。私が融合する事で全てが上手くいくならと、彼女と共に生きる道を選びました」
「そうでしたか、お役に立てて何よりです」
「ただ、女神である私と一体となった為、彼女の力は神をも凌ぐ強大なものになってしまいました。今後は、天帝様にお伺いした上で、天上界の天使としても働く事になると思いますのでご承知おき下さい」
「有難い。願ってもない事です」
「お父様、早速ですが、これから天帝様にご挨拶に行ってまいります」
その声は、カマエルのものに変わっていた。
「そうか、粗相の無いようにな」
「大丈夫です。私にはステラ様がついているのですから」
屈託のないカマエルの笑顔に、ノアは満足そうに頷いた。
カマエルは、ガーベラとアリエルと三人でお茶を楽しんだ後、天上界へと飛び立って行った。
一日疲れを癒したリアンは、次の日の朝、風に乗ってイベリスの故郷スカーレット村へと向かった。
(アーロンを倒した事で、もう一人の僕は孤児にはならず、ブローニュ家に拾われる事も、イベリスに会う事も無くなったはずだ……)
リアンは、イベリスの記憶の中に自分が居なくなっている、いや、それどころか、他人の妻になっているかも知れないと思うと、胸が痛んだ。
彼は複雑な気持ちを抱えながら、ブローニュ家の門前に立った。
(例えイベリスの中に自分が居なかったとしても彼女に会いたい――)
リアンは思い切ってブローニュ家の門を潜った。その彼を出迎えてくれたのは、小さな男の子だった。
「パパ!」
男の子は笑顔で走り寄り、彼に抱っこをせがんだ。
「?」
「あなた、お帰りなさい。……なんて顔しているの、自分の子供の顔を忘れてしまったの?」
怪訝な顔で子供を抱くリアンの耳に聞こえて来たのは、あまりにも懐かしいイベリスの声だった。
彼女と死に別れて、まだ数ヶ月しか経っていなかったのだが、リアンには、十年以上も会っていないように思えるのだった。
「イベリス!」
リアンは、ブラウンの長い髪に宝石のような緑の瞳のイベリスを見るなり、その名を呼んでいた。
――この瞬間の為に今迄の苦闘があった。夢にまで見たイベリスが、今、目の前に居る。そして、彼女は僕の妻で、この子は僕の子供なんだ。感動がリアンの身体を包み、イベリスを抱きしめたい衝動を押さえられない彼は、我が子を左手で抱きながら、右手で彼女を抱き寄せた。
「会いたかった、イベリス!!」
リアンの目から涙が止め処もなく流れ落ちる。
「……あなた、なぜ泣くの? ねえリアン、何があったというの? 話して」
イベリスは、新しい剣や服装以外にも、今のリアンは、昨日までとは何かが違うと直感していた。そこへ、リアンの不可解なこの行動である。彼女は、その訳を聞こうと宥めるように言った。
リアンが、何から話せばいいのかと思案しているところへ、声を聞きつけたブローニュ家の当主オリバーと妻のカロライナが、姿を見せた。
「リアン、何かあったのか!」
「まぁまぁ、そんなところで抱き合って、皆が見ていますよ。? リアン、貴方泣いているの?」
ブローニュ夫妻の懐かしい顔を見たリアンは、子供をイベリスに預けると、夫妻に走り寄って交互に抱きしめた。夫妻が殺された、あの忌まわしい事件の日以来、数年ぶりの再会だった。
「リアン、いつものお前ではないような。どうしたというのだ?」
リアンの抱擁を受けながら、オリバーが怪訝そうに訊いた。
「それが……、事故に遭い頭を打って、記憶をなくしたようなんです。お二人の顔は覚えていたので、嬉しくなって抱き着いてしまいました」
リアンが、涙をぬぐいながら言うと、夫妻は、「それはいかん!」と、彼の手を取り、館の中へと引っ張っていった。
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