第34話 最後の戦い④


「そんな馬鹿な?! なぜお前たちが生きているんだ? 二人同時に倒せば再生しないはずなのに……」


 目を見張ったリアンは、何が何だか訳が分からなかった。


「はっはっはっはっは! 小僧、なんだその面は、儂らは幽霊なんかではないぞ。どうやらお前は、変わり身の魔法を知らんようだな」


「ふふ、私達もバカじゃないんだよ。弱点には、それなりの対策を考えているとは思わなかったのかい?」

 

 膝をついて放心状態のリアンを、アーロンとネーロが勝ち誇ったように見下ろす。


(終わった――。ステラ様もカマエルももう居ない。俺一人で彼らを倒すことなど出来るはずもない。……イベリス、約束を果たせなくてごめんよ)


 リアンは、がっくりと項垂れた。最後の攻撃に全てを出し切った彼に、再び立ち上がる気力は、もう残っていなかったのだ。


「死ぬが良い!!」


 攻撃を仕掛けるアーロンの声を、俯きながら聴いたリアンは、観念して目を瞑った。

 

 その時である。


『リアン、諦めないで!!』


「ん、……ステラ様?」


 ステラの声を聴いた気がして、顔を上げたリアンの目に映ったものは――、十二本の白い刀身が陽の光に煌いて、アーロンとネロが寸断されている光景だったのだ。彼らは、自分たちの身に何が起きたのか、という表情で砕け散っていった。

 そして、その後方に姿を見せたのは、死んだはずのカマエルだったのである。


「カマエル、生き返ったのか!?」


 信じられないという顔で、驚くリアン。だが、その言葉を遮るようにカマエルが叫んだ。


「リアン様、アポロンの鎧を早く!!」


 必死の表情の彼女が、アーロンたちの再生が始まった事を目で合図する。


「う! 承知!」


 状況を理解したリアンが、星の剣を拾い上げてアポロンの鎧を装着した途端、鎧は、瞬時に二十メートルもの大きさに巨大化したかと思うと、その大きな手で、再生しつつあるアーロンとネーロを鷲掴みにしたのである――。

 完全に再生できないアーロンたちは、声を上げる事も出来なかった。


「? どうなっているんだ?!」


 リアンが、驚きの声を上げたのも無理はなかった。アポロンの鎧が、彼の意志に反して勝手に動いているからだ。


 その、アポロンの鎧が、アーロンたちを胸の前で抱きかかえるような姿勢になった刹那――、鎧全体から数百万度の壮絶たる炎が噴き出し、逃れようと足掻くアーロンたちの悲鳴を瞬時に飲み込むと、爆発的に膨張して、その世界を紅蓮に染めた。


 リアンの意識は、そこで途切れた。




(暗いな……、俺は……死んだのか?)


 真っ暗闇の中で、リアンが呟く。


「リアン様、リアン様!!」


 カマエルの叫ぶ声で、リアンは意識を取り戻した。目を開けると、カマエルとルークたちが、心配そうに彼の顔を覗き込んでいた。


「アーロンたちは!?」


 がばと起き上がったリアンが、辺りを見回す。


「心配には及びません。彼らは、今度こそ死にました」


「そうか、死んだか……。カマエル、君が居なかったらあの時点で終わっていた、本当にありがとう」


 リアンが、座ったまま項垂れるように頭を下げた。


「リアン様、やめて下さい。……でも、私の身体が再生できたのは幸運でした」


 カマエルはそう言いながら、座り込んでいるリアンの腕を取って立たせた。


「僕を鎧から助けてくれたのも君なのかい?」


「いえ、アポロンの鎧の自爆寸前に、リアン様が入ったカプセルが、飛び出して来たのです」


「そうだったのか、アポロンの鎧が助けてくれたのか」


「……そうかも知れません」


 カマエルの返事は、何故か歯切れが悪かった。


「カマエルが現れた時、ステラ様の声を聴いたような気がしたんだが……」


「……」


 しきりに考え込むリアンの肩を、ルークがポンと叩いた。


「リアン、一時はどうなるかと思ったが、結果的にアーロンを倒せたのだから良いじゃないか。我が国を救った名もなき英雄として、君たちが永遠に語り継がれることは間違いない」


「でも、こんなに国土を壊してしまいました」


「誰も死ななかったんだ。これくらいの犠牲は仕方ないさ、気にするな」


 最後の決着は、アポロンの鎧が付けてくれたことを知っているのは、リアンとカマエルだけだった。

 ただ、あのアポロンの鎧の動きが、リアンを護るために本来備わった能力だったのかどうかは、ステラの居ない今、誰にも分からなかった。



「ルーク様、シルフ様、これから、カマエルと共に未来に戻ります」


「そうか、元気でな、君たちの事は忘れないよ」


 ルークが、その大きな手を差し出して、リアンの手をぎゅっと握った。


「またな」


 シルフも、笑顔を向けて別れを言う。


「お二人とも、十数年後に未来で会いましょう。それから、ソロモン国の北の果てに、ローマンという魔法具師がアーロンの魔法で閉じ込められていますから救ってあげて下さい。では!」 


 言い終わると、リアンは、黄金の魔法陣が浮き出た右の掌を天空に翳した。

 

「時の神クロノスの名において命ずる。出でよ、タイムリング!!」


 すると、眩いばかりに黄金に光る二つの魔法陣が、リアンたちを挟むように天空と地上に現れた。

 その魔法陣が時計方向に回り始め、徐々に回転が速まり高速になると、上下の魔法陣が引き合うように接近して、一体化した瞬間、目も眩む光と共に、二人の姿は忽然と消えた。



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