第31話 最後の戦い①


 (終にこの時が来た――。イベリスの仇、アーロンとの決戦が始まるんだ)


 妻の仇を前にして、リアンの脳裏に、ルークとの出会いから始まったこの戦いの来し方が思い起こされた。それは、長かったように思えたが、まだ数ヶ月しかたっていなかった。


「私はリアン、私の妻イベリスは、十数年後にお前に殺される。そして、この子は、伝説の魔法具師ノア様の娘、カマエル。妻の仇を討つため、また、お前に理不尽に殺された全ての人を救うために、未来からやって来た!」


 リアンが、声を張り上げて名乗った。


「未来から来ただと? まさかお前……、タイムリングを使ったのか?!」


 アーロンの表情が、一瞬、強張った。


「タイムリングを知っているなら話が早い。これから、この国でお前が犯す罪を、全てチャラにしてやろうというのだ。有難く、我が刃を受けるがいい!」


「何だと小僧、言わせておけば! えぇーい、ネーロ痛い目を見せてやれ!」


 リアンの言いように激昂するアーロンには眼もくれず、黒猫ネーロがススっと前に出る。


「ネーロは私が、リアン様はアーロンを頼みます」


 カマエルが進み出ると、ネーロも、金色の目を光らせながら、彼女の方にやって来た。


「ふん、魔石の分際で天使にでもなったつもりかえ、ならばこちらは、悪魔になろうかねえ」


 年増の魔女のような口調で話した黒猫は、突然、黒い煙となったかと思うと、形を変え、人になった。

 その姿は、全身黒尽くめの戦闘服に、左の目には黒の召喚魔法陣、右目には赤の転送魔法陣が金色の目に浮き出ていて、少女のような美しい顔は、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

 ネーロは、天使のイメージのカマエルに対抗して、魔女の格好になったようだ。その後ろには、エンゼルソードに似せた、十二本の黒いサタンソードが不気味に動いていた。


「いくよ!!」


 ネーロの金色の目が鋭く光った刹那、十二本のサタンソードが一気に動き出すと、カマエルは、顔色も変えずにエンゼルソードで応戦した。

 合わせて二十四本の刀身が、目にも止まらぬ速さで打ち合い、火花を散らす。同じ魔力、同じ武器ともなれば、簡単に勝負が付くはずも無く、白と黒の刀身の、激しい打ち合いは続いた。




「うーん。まさに天使と悪魔の戦いじゃな。凄まじすぎる……」


「あれでは、この国の兵力を全て動員しても勝てるはずもない。儂らにできる事は、リアンたちが勝つように祈るしかないようだな」


 絨毯に乗って、遥か彼方から戦いの様子を見ていたのは、歴史の証言者の役目を果たすためにやって来た、シルフとルークだった。

 彼らは先刻から、リアンたちと魔獣軍団との戦いを、身を震わす思いで見ていたのだ。




 カマエルとネーロの戦いは、相変わらず、互角の攻防を繰り広げていた。

 リアンは、その戦いの行方を見守りながら、時々アーロンと睨みあっていたが、互いに、まだ動こうとはしなかった。


「ステラ様、カマエルは勝てるでしょうか?」


リアンが、カマエルの動きを追いながら言った。


『あの二人は、同じような魔石から生まれたから、力は互角のようね。違うのは、カマエルが、この星に生きる人々の善意を力に変えているのに対し、ネーロは、悪意を力に変えている。どちらが勝つかは、この時代の人々の心次第とも言えるわね』


「先に魔力の尽きた方が負ける……」


『そうね。万が一カマエルが負けた時は、私がアポロンの鎧に入ってネーロと戦うから、貴方はアーロンをお願い。その時は、ネーロの魔力はかなり消耗しているはずだから、彼らを倒すチャンスよ。アーロンとネーロを同時に倒せば、彼らは死ぬわ』


 不死身のアーロンを倒す唯一の方法は、彼と、魔力の供給源であるネーロを同時に倒す事だと、リアンたちはノアから教わっていた。


「ステラ様が居なくなれば、星の剣はどうなるんです? アルテミスの鎧は維持できるのですか?」


 今まで、星の剣がステラ自身だと思っていたリアンが、怪訝な顔で聞いた。 


『私が居なくても、星の剣は、今まで通り使えるようにしてあるから心配いりません。但し、アルテミスの鎧が使えるのは、月が沈むまでの後わずかだから、それまでに決着をつけなければいけないけどね。

 それから、星の剣は、太陽と月が同時に出ている間は、絶対零度のブリザードとフレアの両方を使えるから存分に使って』


「そいつは凄い、それなら負ける気がしません!」


 リアンたちが話している間にも、カマエルとネーロの戦いは続いていて、既に数十分が経過していた。互いの巨大化させた十二本のソードを、これでもかとぶつけ合う様は、余人を寄せ付けない凄まじさがあり、そのパワーは、更に増大しつつあるように思えた。


「ふん、流石はエンゼルハート、私の全力攻撃にも後れを取らないなんてね。ならば、どちらの魔力が速く枯渇するか、一気に勝負と行こうかねえ!」


 次の瞬間、ネーロの魔力が膨れ上がり、黒いサタンソードの動きが超高速となって視界から消えると、カマエルも即座に最大パワーで反撃に出た。


 宙に浮かんで向き合った二人の間では、間断なき閃光と爆音、衝撃波が荒れ狂い、空間さえも歪んで見えるほどだった。





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