第30話 魔獣達との戦い②
「ウオー――ッ!!!」
リアンたちの前に姿を現した四天王のスネーク、ジャガー、ホークは、雄叫びと共に、人型の半魔獣から完全な魔獣へと変移し、巨大化していった。
鷲の魔獣の頭領ホークは、銀色の翼を羽ばたかせ空へと舞い上がり、豹の魔獣の頭領で赤い毛並みのジャガーは、ライオンが獲物を狙う様に態勢を低くして、リアンたちに狙いを定めた。そして、二足歩行の恐竜に似た、蛇の魔獣の頭領スネークは、口から火炎を噴出させながら、身も凍るような冷たい目にリアンたちを映していた。
最初に動いたのは、赤い毛並みのジャガーだった。太く、しなやかな四本の脚が大地を蹴ったかと思うと、牛ほどもある巨体は、赤い弾丸となって視界から消えた。
次の瞬間、リアンとカマエルは、激しい衝撃を受けて後方へ弾き飛ばされていた。ジャガーが、鋭い牙と爪で彼らを襲ったのだ。
その超高速の動きは、アルテミスの鎧の力をもってしても見えず、カマエルのエンゼルソードも、防御に間に合わなかった。
(あの巨体で、見えないほどの高速で動くとは、何という身体能力なんだ!)
ジャガーの動きに舌を巻いたリアンが、カマエルを心配して視線を移すと、埃を払いながら立ち上がった彼女の周りに、十二本のエンゼルソードが防御態勢を執っていた。
ジャガーは、マンモスを倒したエンゼルソードを取りあえず封じようと、超速の攻撃をカマエルに集中させた。
だが、エンゼルソードの巨大な刀身の壁は、ビクともしなかったのである。カマエル攻略には時間がかかると判断したジャガーは、攻撃の矛先をリアンに向けた。
(奴の動きは音速を遥かに超えている、音を頼りにしたところで防御は間に合わない)
目でも耳でも捉えることができない相手を、どう捉まえるのか――リアンは、ジャガーの集中攻撃を受けながらも、懸命に対応策を探った。
幸い、ジャガーの強力な牙も鋭い爪も、アルテミスの鎧を引き裂くほどの力は無かったのだが、顔を顰めるほどの痛みには、耐えねばならなかった。
突破口を開けぬまま時間だけが過ぎていき、リアンの顔に焦りが見え始めた。
その頃、空の上では、四天王最強の魔獣であるホークが、巨大な羽を広げた状態で静止していて、右の翼の先端には青いエネルギーの玉を、左の翼の先端には赤い玉を生成していた。
異様な青と赤のエネルギーの玉の内部では、プラズマ放電のような凄まじい光が乱れ踊っており、その玉は更に膨張しつつあった。
――これは、青と赤のエネルギーの玉を衝突させることで、途轍もないエネルギー波を生み出す、ホークの最大の武器“双玉爆波”(そうぎょくばくは)の準備段階なのだ。
既に、エネルギーの充填は最終段階に入っており、彼は、遥か彼方のリアンたちの動きを捉えながら、それを放つ機会を窺っていた。
その下方では、リアンが、相変わらずジャガーとの闘いに苦戦していた。
『リアン、敵の姿が見えなくても他に見えるものはあるでしょ。ジャガーは空を飛んでいる訳じゃないのよ』
(見えるもの? 飛んではいない?……)
ステラの助言に、視点を替えたリアンの目が輝いた。
「そうか! 見えるものがある。奴は地面を走っているんだ。走れば埃が立つ!」
彼は、ジャガーが疾走するたびに立ち上がる砂塵を懸命に追った。それは、ジャガーの攻撃パターンを把握すると共に、直撃を受けた時点での砂塵の位置などから、反撃のタイミングを測っていたのである。そして、
「そこか!?」
不意に、星の剣を握りしめたリアンが、何もない虚空を薙ぎ払った。
「グアッ!!!」
悲鳴と共に、赤い物体となったジャガーが姿を現したかと思うと、土煙を上げながら数十メートルも転がり続け、岩に激突して止まった。
ジャガーは頭から血を流していたが、ブルブルと頭を振って立ち上がると、再び姿勢を低くして、リアンへの攻撃態勢を執った。
その太い脚が、今にも大地を蹴ろうとした刹那――この機を逃さぬとカマエルが放ったエンゼルソードが、ジャガーの首を一刀のもとに切り落としたのである。
やがて、ジャガーの身体は、赤い煙となって消えていった。
(ドンピシャだった。一件落着だな)
リアンが、勝利の余韻に浸ろうとした、その時だった。仲間のジャガーを倒されて逆上したスネークが、強烈な火炎を吐いて、リアンを炎の海に沈めたのだ。
限界を超えた魔獣のパワーに晒されれば、アルテミスの鎧といえど、身体へのダメージは避けられない。ましてや、四天王であるスネークの火炎放射は、魔獣の中でも最大級のパワーがあるのだ。
リアンは、ヒリヒリするような熱気を感じながらも、絶対零度のブリザードで応戦するが、スネークの炎の勢いに押され、冷気は届かなかった。
(……これでは勝負にならない。こうなったら、最大パワーでやるしかないのか)
リアンは、体力の消耗が激しい、星の剣の最大パワーを使う事を躊躇していた。今は、アーロンとの決戦に備えて、少しでも体力を温存しておかなければならないからだ。
だが、これ以上、スネークたちとの闘いを長引かせても、疲労が重なる事は明らかだった。
リアンは迷った挙句、肚を決め、心のパワーを星の剣に注ぎ込んだ。
「スーパーブリザード!!」
渾身の力で放たれた最大パワーのブリザードが、火炎放射をも一気に押し返し、スネークに降り注ぐと、彼は、反射的にか、両の腕で顔を護る態勢をとった。だが、スネークの巨体は、立ったままの状態で真っ白に凍っていく。
(やったか!?)
動きを止めたスネークの生死を確認しようと、リアンが近づくと、彼は両の腕を顔の前で交差させて固まっていた。
「ピシッ!!」
絶対零度の冷気によって細胞崩壊した両の腕が、音を立てて砕け落ちると、リアンの眼前に、にたりと笑ったスネークの顔が現れた。次の瞬間、
「カ―――――ッ!!!」
スネークの巨大な目から、異様な光が放たれたのである。
「ううっ!」
避ける間もなく、スネークの異様な光を浴びたリアンの身体は、金縛りにあったように動けなくなってしまった。
「ホークよ! 今だ、儂もろとも撃て!!」
スネークが、両膝を突いて、崩壊していく身体を支えながら空に向かって叫んだ。
空の上では、赤と青のエネルギーの充填を終えた鷲の頭領ホークが、彼の最大の武器“双玉爆波”(そうぎょくばくは)を放つべく、手ぐすね引いて待っていた。
「承知!!」
ホークが、今まさに二つの玉を放とうとして、無防備になった刹那、下方から高速で飛んで来た数本のエンゼルソードが、彼の首を、身体を、羽を、一瞬のうちに切り刻んだのである。
「な、なんだお前は! ウガァ――――ッ!!」
悲鳴と共に、両翼にあった赤と青のエネルギーの玉は、羽を斬られたことによってぶつかり合い、途轍もない大爆発を起こして、ホークの身体は跡形もなく消え失せた。
『リアン、しっかりして!』
地上では、リアンが、ステラによって金縛りから解放されていた。
その時、空の上での大爆発の衝撃波が地上に降り注ぐと、既にこと切れていたスネークの身体は、一瞬で崩れ去った。
暫くして、エンゼルソードを従えたカマエルが、空から下りて来た。
「カマエル、助かったよありがとう」
「リアン様の指示通りに動いただけです。ホークが攻撃態勢に入った時は、無防備になると教えてくれていたので、簡単でした」
今回のことは、ホークの闘い方を熟知して、その動きを察知したリアンが、前もって、カマエルに指示を出していたのだ。二人の連係プレーの勝利だった。
「それにしても凄い戦闘力だ。君に来てもらって本当に良かった」
カマエルの戦闘能力に、改めて感心するリアンだった。
「お前たちは何者だ! よくも我が魔獣達を悉く殺してくれたな!」
突然の大声に振り向けば、そこには――全ての四天王を倒されたアーロンが、サタンハートの化身である黒猫のネーロを従え、憤怒の顔でリアンたちを睨んでいた。
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