第28話 過去の世界③—開戦


 北部国境へとやって来たリアンとカマエルが、アーロンの軍隊の集結している場所を探して飛んでいると、突然、彼女が叫んだ。 


「リアン様、遥か前方にサタンハートの気配を感じます!」


「そうか! 終に奴の正体が分るな。アーロンの軍隊もそこに居るはずだ、急ごう!」


 アーロンの力の源である魔石サタンハート。――それがどんなものかリアンは知らなかったが、彼らの前に立ち塞がる強敵であることは間違いなかった。

 胸の鼓動の高鳴りを覚えながら、リアンたちがスピードアップして飛んで行くと、彼方に、赤い光が点滅しているのが見えて来た。


「どうやらあそこのようだな。低空飛行で近くまで行ってみよう!」


 リアンたちは地面擦れ擦れに飛んで、山や森を抜け、赤い光の発行体の近くの、林の中に下り立った。


 林の中から覗くと、草の生い茂る広大な広場には、巨大な召喚魔法陣が起動しているのが見えた。

 

 黒い魔法陣の外円は闇に紛れて見えないが、出口である仄赤い内円部分が息をするように点滅していた。その魔法陣からは、巨大な魔獣達が続々と姿を現して広場を埋め始めていたが、アーロンの姿は見当たらなかった。


「リアン様、あの黒猫が、サタンハートの化身です!」


 隣で見ていたカマエルが、小声で叫んだ。


「えっ! あの黒猫が……間違いないのか?」


「間違いありません。サタンハートは、私と同じ魔石ですから、醸し出しているオーラで分かります」


「そうだったのか……。あいつがサタンハートの化身なのか」


 リアンは、アーロンを襲った時に、黒猫が彼に寄り添うように居たことを思い出していた。

 その小さな黒猫が、今、目から光を放って召喚魔法陣を操っている。その魔法陣からは、巨大な魔獣たちが次々と吐き出されていた。




「出来れば、今の内に叩いておきたいところだが、ルーク様たちが防衛態勢を整える時間も必要だ。攻撃は夜明け前としよう」


「分かりました」


 後は待つだけだと思ったリアンは、魔獣たちが居る方角に背を向けると、草むらに座り込んでカマエルを気遣った。


「戦いは初めてなんだろう。怖くは無いかい?」


「私は魔法具ですが、人間としての殆どの資質は組み込まれていますから怖さも感じます。でも、それ以上に戦闘能力には自信があります」


 彼の横にちょこんと座ったカマエルが、淡々とした調子で答えた。


「そいつは頼もしい。一応知らせておくと、魔獣達は首を切れば再生しないから首を狙うと良い。僕は地上の魔獣を叩くから、君は空を飛ぶ鷲の魔獣を頼む。それから、鷲の魔獣の中でも、銀の羽根をしたのは一番強いから要注意だ」 


「分かりました。魔獣は倒せると思いますが、問題は、サタンハートの化身であるあの黒猫です。私達は魔石同志なので力は互角ですから、勝てるかどうかは私にも分かりません」


「勝てるよカマエル。奴らは不死身だが壊れない訳ではない、再生能力が、ずば抜けているだけなんだ。ノア様の話だと、アーロンと黒猫は二身一体で互いにパワーを補い合っているから、片方がやられても、もう一方のパワーで再生してしまうそうだ。だから、同時に倒せば再生できないはずだと言っていた。ステラ様と三人でかかれば必ず倒せるよ」


「そうですね。なんだか自信が付いて来ました!」


『カマエル、あなたとリアンと私の心は繋がっているから、分からない事があったら何でも聞くのよ』


 ステラの優しい声がカマエルの頭の中に響いた。


「ありがとうございます、ステラ様」


『それから、魔獣たちの心を探って分かったんだけど。あの黒猫はネーロと呼ばれているそうよ』


「いかにもそれっぽい名前ですね。名前があるなら、これからはネーロと呼んでやりますか。

 さて、朝まではまだ時間がありますから、それまで体を休めておきましょう」


 とは言ったものの、体を休める必要があるのは、リアンだけだった。

 彼らは、木陰に隠れて夜明けを待つことにした。



 リアンたちが休息を取っている間にも、魔獣達の数は膨らみ続け、草原の広場は彼らで埋め尽くされていた。そして、夜明け前になると、四天王を従えたアーロンが姿を現したのである。

 それを木陰から確認したリアンは、おもむろに立ち上がった。


「カマエル、そろそろ行こうか。空を頼んだよ。ダメだと思ったら逃げればいい、無理をしなくても良いからね」

 

 カマエルの実力を知らないリアンは、彼女の事が心配だった。それが、取り越し苦労だったと分かるのは、もう少し後の話になる。


「リアン様、私は大丈夫です! では、空で待機しています」


 力強く言ったカマエルの身体が白く光り出すと、普段着だった服は戦闘服へと変わった。そして、彼女の背後には、長さが三メートルほどの、触れるだけで切れそうな幅広の白い刀身が十二本現れて、彼女を中心に放射状に並ぶと、月光に輝く風車のように回転しだしたのである。

 その姿は、天使が羽を纏っているようにも見えた。これは、彼女の武器、エンゼルソードである。ニコッと笑った彼女は、暗い夜空に姿を消した。



 東の空が白み始めた広場では、アーロンが魔獣達を相手に演説を始めていた。召喚された魔獣たちは、人間に近い知力を持っていて、相槌を打っている。


「よいか、これより一気に城を目指す! 向かって来るものは全て殺せ。だが、この国は我らが頂くのだから、できるだけ壊さぬようにせよ。いよいよ我らの国家の誕生だ。者ども出陣じゃ!!」


 アーロンの号令が響くと、鷲の魔獣たちは巨大な羽をはばたかせて空へと上がっていった。

 地上では、巨大化した魔獣軍団が一斉に動き出した。その数は、鷲の軍団も含めて総勢千体。彼らは、象、豹、蛇の順に、木々をなぎ倒しながら整然と進んで行く。


 その時、薄青いクリスタルの鎧を身に纏ったリアンが、星の剣をひっさげて、魔獣軍団の前に躍り出た。

 先頭の巨象の魔獣達が、飛び出した彼を認識した刹那、リアンが、心も凍る青白い光を放つ星の剣を横一文字に振りぬくと、その剣先から極寒の風が巻き起こり、白いブリザードとなって魔獣達を襲った。ブリザードを浴びた象の魔獣は、瞬時に凍りつき、動きを止めた。

 そこへ、後続の象の軍団が勢い余って激突すると、凍った象達はバラバラと崩れ去った。

 アルテミスの鎧モードの星の剣は、全ての物を瞬時に凍結させる力があるのだ。


「貴様何者だ!!」


 仲間を倒されて声を上げたのは、魔獣の四天王で、象軍団の長であるマンモスだった。背丈が十メートルもある白い巨体は、他の象よりも飛び抜けていて、巨大な槍のような牙を剥きながらリアン目掛けて突進して来た。


 地上に下りたリアンは慌てる風も無く、絶対零度のブリザードをマンモス目掛けて撃ち込んだ。

 それを見たマンモスは、急ブレーキを掛けて止まり、四本の足を踏ん張り巨体を支えたかと思うと、大きく息を吸い込んで、巨大な鼻から凄まじい暴風を吐き出したのである。すると、マンモスに降りかかろうとしていた絶対零度のブリザードは、その暴風によって吹き飛ばされてしまった。


(何! 鼻息一つで絶対零度のブリザードを吹き飛ばしただと……)


 リアンは、さすが四天王だと気持ちを切り替える。


 とその時である。突然、空からバタバタと何かが落ちて来たのだ。それは、首、胴体、翼など、鷲の魔獣たちの骸だった。それを見た地上の魔獣達が、空を見上げて騒ぎ出すと、鷲たちの骸は煙となって次々と消えていった。

 やがて、白い光に包まれたカマエルが、空からゆっくりと下りて来た。その白い戦闘服は、真っ赤な血で染まっていた。


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