第27話 過去の世界②


「お頼み申す! 私は魔法使いのリアンと申す者、ルーク様にお取り次ぎ願いたい!」


 リアンが声高に呼ばわると、現れた番兵たちは、少女を連れた若い彼を胡散臭そうに見た。


「若いの、ルーク様に何用だ。魔法の腕を買ってくれという話なら間に合っている。早々に立ち去れ!」


「いえ、私はルーク様の弟子です。明朝、敵が攻めて来るとお伝えください!」


「何! 敵が攻めて来るじゃと!」


「はい、間違いありません!」


 居丈高だった門番の男は、敵の侵略と聞いて顔色を変え、慌てて城内へと姿を消した。


 暫くすると、門番の男に案内されてルークが姿を現した。数日前に別れた未来のルークは、落ち着いていて威厳があったが、目の前にいる十五年前の彼は、勢いや鋭さが前面に出ている感があった。

 リアンは、生きたルークに会えた事が嬉しくて、抱き合いたい衝動に駆られたが、それをグッと堪えた。


「はて? お前のような弟子を持った覚えはないが、名は?」


 リアンの前までやって来たルークが、首を傾げた。


「リアンと申します。実は、明朝、大軍がこの国を襲います。その事をルーク様にお伝えしたくて参りました」


「この国が襲われるだと、それはどこの国だ?」


「国ではございません。敵はアーロンという魔法使いです。彼は不死身で、幾千の魔獣を召喚できます。この国の兵では太刀打ちできません!」


 ルークは一瞬顔色を変えたが、話の内容は俄かに信じられるものでは無かった。


「……何か証拠はあるのか?」


 ルークが、リアンの目を見据えて訊いた。


「風の妖精シルフ様に訊いてください。この国の北部国境付近に、何か動きがあるはずです!」


「お前、シルフを知っているのか?」


「存じています。お二人とは未来で会いました」


「未来だと?」


 ルークが、更に怪訝な顔を作ったその時、彼の後ろから、聞き覚えのある声が聞こえて来た。


「ほっほっほ、ルーク、面白い奴が現れたもんじゃな。じゃが、嘘を言っているようにも見えぬ、念のため風に聞いてみよう」


 それは、思わず顔が綻びそうになるシルフの声だった。絨毯に乗って二人の傍までやって来た彼女は、推定年齢が数百歳というだけあって、見かけは十五年後と何も変わっていなかった。


 リアンを胡散臭そうにチラ見しながらも、風の精霊たちを呼び集めて話を聞いていたシルフが、「ほう!」と驚きの顔を見せてから口を開いた。


「北部国境付近で、途轍もないパワーの変動がみられるそうじゃ。そやつの言う事は、あながち嘘ではなさそうじゃな」


「分かった。では、儂の部屋で話そう、詳しい話を聞かせてくれ!」


 顔色を変えたルークは、先に立って二人を自室へと案内していった。机を挟んでルークとシルフの二人と向き合ったリアンは、改めて、生きた彼らに会えた事に感動を押さえられなかった。


「ん? どうした、なぜ泣くんだ?」


 自分達を見ながら涙を流すリアンに、ルークが怪訝な顔を向けた。


「……実は、未来で貴方たちは、私を魔法具師のノアに会わせるために命を投げだしてくれたのです。共に戦って来た貴方たちが死んで、どれだけ悲しかったか――。過去の世界とは言え、今こうして生きている師匠とシルフ様に会えた事が嬉しいのです……。

 私はアーロンを倒すためにやって来ました。彼を倒せば、貴方たちを始め、アーロンに殺された幾千の人々が生き返ります」


 リアンは、涙を拭きながら、此処に至るまでのことを一気に話した。


「ふーむ、信じがたい話ではあるが、今はお前を信じるしかなさそうだな。それで、お前達二人でそのアーロンに勝てるのか?」


「勝ちます、何としても!」


「儂らに出来る事はあるか?」


「余り時間もありませんが、国民には、北部地域への立ち入りを禁じ、外に出ない様に徹底して下さい。軍隊の配備もお願いします。

 残念ながら、北部地域の大地は、私達の戦いによって破壊され、不毛の地となってしまうかも知れません。それから、私達の戦いを遠くからでいいので、歴史の証言者として見ていて欲しいのです。

 もう一つ、これはついでの話ですが、この時代の私とイベリスの事を見守って下さると有難いです」


 リアンは、イベリスと自分の居場所を伝え、頭を下げた。


「心得た。存分に戦ってくれ!」


 ルークとリアンは、机越しにがっちりと握手を交わした。


 城の外に出ると、既に黒い帳が下りていた。


「では!」


 リアンがアルテミスの鎧を身に纏い、カマエルが白い光に包まれて、北の空へと消えて行くのを、ルークとシルフは言葉も無く見送った。


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