第26話 過去の世界①


 終にタイムリングを起動したリアンだったが、彼は出発直前まで、どの時代に戻るかで迷っていた。


 最初の選択肢は、アーロンが不死身の力を持つ前に戻るというものだった。これなら、目を瞑っていてもアーロンを倒せるし、全ての人々を救うことも出来る。

 しかし、そんなことで、本当にイベリスの仇を取った事になるのかという疑問が、リアンの心に湧いて来たのである。最強のアーロンを倒してこそ意味があるはずだと、戦士としてのリアンは、安易な道を先ず捨てた。


 二つ目の選択枝は、イベリスが殺される直前に戻るというものである。これならイベリスにも会えるし、彼女の前でアーロンを倒すことで、彼女の復讐も遂げられることになる。 しかし、それまでにアーロンに殺された人々は、二人の両親も含めて見捨てる事になってしまう。


 三つ目の選択肢は、アーロンがこの国に進軍する直前に戻るというものだった。これなら、アーロンに殺された全ての人を救うことが出来る。リアンも、当初はこれで行こうと決めていた。

 しかし、よくよく考えれば、イベリスと自分が、出会わなくなることに気付いたのである。リアンの両親がアーロンに殺されなければ、彼がイベリスの家に奉公に出される事も無くなるからだ。


「愛するイベリスにもう一度会いたい!」――それが、そもそもの始まりだった。彼にとって、イベリスと夫婦になれない人生などあり得なかった。

 だが、リアンには、全ての人を救うという使命がある――。

 彼は悩みぬいたあげく、自分達だけの幸福より、全ての人を救う道を選んだのである。

例えイベリスと夫婦になれなくても、彼女が幸せな人生を送れるならそれでいい、彼女なら、この選択をきっと分かってくれるはずだと、自分に言い聞かせたのである。



 タイムリングでの過去への旅は、多少重力の影響を受けたものの、黄金の光に包まれた瞬間、過去に着いていたという一瞬の出来事だった。


 リアンたち三人が黄金の閃光と共に姿を現したのは、十数年前のルピナス国北部の国境付近である。そこは、自然の国境となっている大山脈の手前の、多くの低山が連なる一角の、小高い丘の上だった。

 

 時刻は夕暮れ時で、夜が明ければ、アーロンの大軍がこの辺りを進軍するはずである。周りを見回していたリアンは、イベリスの実家であるブローニュ家のある方角で視線を止めた。


(この世界には幼いイベリスが生きている……)


 そう思うだけで、リアンの心は踊った。



「ステラ様、アーロンを迎え撃つ前に、この時代のルーク様に会って、敵の侵略を知らせておきたいのですが」


「そうね、ルーク様には全てを知ってもらった方がいいかも知れないわね」


「はい、信じてもらえるかどうかは分かりませんが、誠心誠意話してみます。

 時間もありませんので出発しましょう。アルテミスの鎧は少し目立ちすぎますから、風の魔法を使って城まで飛びます」


「それなら私に任せて下さい!」


 そう言ったのはカマエルである。彼女は、リアンに背中を見せて、自分の肩をポンポンと叩いた。


「えっ、カマエル、僕を背負おうって言うのかい?!」

 

「私、空も飛べるし怪力なんですよ。それに、私の方が速いと思います」


 驚くリアンに、カマエルは真面目な顔で答えた。


「大人の僕が女の子に背負われるなんて、さすがに無理があるなぁ」


 リアンは想像しただけで滑稽だと、ダメダメと手を振った。結局、リアンはアルテミスの鎧で城の近くまで行く事にした。



 ステラが星の剣に変身すると、リアンは、まだ明るい空に浮かぶ薄色の月に、星の剣の月の紋章を翳して詠唱した。


「出でよ、アルテミスの鎧!」


 上弦の月に準えた半円のアルテミスの紋章。それが、光り輝いた刹那、リアンの前方の空間に、青い光体のアルテミスの紋章が具現化された。

 そして、剣を掲げて立つリアンに、輝きを増した青い光体が一気に接近した刹那、彼の身体には、薄青い半透明のクリスタルの鎧が装着されていたのである。

 それは、半透明なのに、外からはリアンの身体は見えず、クリスタルの内部では、青白い冷気の雲のようなものが渦巻いていた。

 アポロンの鎧が炎を武器とするように、アルテミスの鎧は超冷気を武器として、全ての物を凍らせる力があるのだ。


「よし、カマエル、城まで競争だ!」


「負けませんわ!」


 カマエルの身体を白い光が包むと、彼女は、スカートをひらひらさせながら浮かび上がり、一気に高速飛行に入った。リアンも慌てて後を追うが、その差は中々縮まらなかった。


「ステラ様、凄いスピードですね。この鎧に負けていませんよ」


『ノア様の作る魔法具は、神に近い力を持っているようね』


 カマエルを追いかける内、リアンたちは、あっという間に城の近くに着いた。彼は鎧を脱いで、普段着の姿で城門の前へと向かった。


 本来なら、国の大事には国王に会うのが筋なのだが、今は、それをしている時間もなかった。だから、リアンは、師であるルークなら分かってもらえると、彼に賭けたのである。


 

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