第25話 光魔法具師ノア②
この世界には、過去の歴史を変えてはならないという神の掟がある。頻繁に過去を変えてしまえば、時空が乱れて、この世界そのものが成り立たなくなるからである。その掟を破った者は、時の神クロノスによって、全ての時代から抹殺されるのだ。
故に、時を旅する魔法具を作る事はタブーとされていたのである。
ノアとの、大事な話が一段落したリアンは、以前から疑問に思っていたことを思いだした。
「ノア様は、なぜ禁止されているタイムリングを作ろうと思ったのですか?」
「うむ、それはな。もう何百年も前のことになるが……」
ノアは、遠くを見るような目をしながら話し出した。
「妻のガーベラは、若い時に不治の病で一度死んでいるんだ。愛する人を失うことほど辛い事は無い。儂は、妻を救う為なら神をも恐れぬと、寝食を忘れて研究に没頭し、数十年かけて、過去へ行くためのタイムリングと、寿命を延ばし病をも治癒できる魔石エンゼルハートを創り出したのだ。
儂は、そのタイムリングを使って過去の妻に会いに行き、エンゼルハートの力で彼女の病気を治すことに成功した。あの時の感動、喜びは今でも忘れることは出来ん。
神の掟を破った儂は、クロノス様のお叱りを覚悟していたのだが、歴史に影響はないと判断されて許されたのだ。今でもクロノス様には感謝しかない。
その後も、儂たち夫婦はエンゼルハートのお陰で、こうして若さを保っていられと言う訳だ」
「そうだったんですね。私がノア様でも、きっと同じことをしたと思います」
リアンは、愛する妻を救う為にタイムリングを創ったというノアに、イベリスを救おうとしている自分を重ねていた。
「それで、何時出発するのだ」
ノアの言葉で、話は現実に戻った。
「準備と言っても覚悟だけですから、もう少し身体を休めて明後日の朝にと思っています。ステラ様よろしいでしょうか?」
「私に異存は無いわ」
「では、エンゼルハートはその時に渡すという事でいいかな?」
「はい、できますれば、どんな物か見ておきたいのですが」
「うむ、では、今から見せよう。付いて来なさい」
立ち上がったノアが、「歩けるか?」とリアンを気遣った。「大丈夫です」と、寝間着姿でベッドから降りたリアンの身体にステラが触れると、寝間着は瞬時に普段着に変わった。
「有難うございます、ステラ様」
お辞儀するリアンに、ステラは笑みを返す。
速足で歩くノアは、長い廊下の中間部分にある階段を下りると、その階の廊下を船首方向へと進んだ、右側の三つ目の部屋の前で立ち止まり、ドアをノックした。
「私だ、入るよ」
「お父様、どうぞお入りください」
部屋の中からは若い女性の声が聞こえて来た。ノアがドアを開け、リアンたちが部屋に入ると、二人の美しい少女が寛いでいた。
「紹介しよう、長女のカマエルと次女のアリエルだ」
ノアは彼女達の肩に手を置きながら、自慢げに言った。
「初めまして、リアンです」
リアンがお辞儀すると、彼女達も笑顔を見せて挨拶を返した。姉の方は十代半ば、妹は十歳と言ったところか。ノアに子供がいるという情報は、クロノスが残してくれた記憶には無かった。
「カマエル、リアンは明後日の朝発つそうだ、心積りをしておいておくれ」
笑顔を消したノアが、カマエルに告げた。リアンは、何の話をしているのかと怪訝な顔である。
「承知しましたお父様。リアン様、話は父から全て聞いています。お役に立てるよう全力を尽くしますので、宜しくお願いし致します」
美しい紫の目をしたカマエルは、表情を崩さず淡々とした口調で話した。
「……」
(まさか、この子がエンゼルハートなのか!?)
リアンは、驚きの目でカマエルを見つめた。彼は、エンゼルハートの姿は、槍や剣などに組み込まれた宝石のようなものを想像していて、それが人間の少女だとは思いもよらなかったのである。
顔つなぎを終え元の部屋に戻ったリアンは、テーブルの椅子に座るなり、念を押すようにノアに訊いた。
「彼女がエンゼルハートなんですね?」
「その通りだ。儂たち夫婦には子がおらんのでな、我が子として育てておるのだよ。但し、連れて行くのはカマエルだけだ。妹のアリエルもエンゼルハートの分身なのだが、彼女にはこの船や儂たちを支える役目があるので残ってもらわねばならん」
「本当にカマエル様をお貸しいただけるのですか? サタンハートとの決戦になれば、破壊されるかも知れないのですよ」
「カマエルには戦闘能力を身に付けさせてあるから心配は要らぬ。それに、基本的には彼女も不死身なのだ」
「なら良いのですが……」
リアンはそう言いながら、先ほどのカマエルの美しい顔を思い浮かべていた。彼女は、人の形をした魔法具のはずなのだが、天才ノアは、それを全く感じさせない、精巧な人間カマエルを創り出していたのだ。
(ノア様も罪な事をする。ただの魔石なら使い捨てもできようが、あんな姿を見せられては、感情移入するなという方が無理というもんだ)
リアンは、自身もタイムリングを身体に持つ魔法具であることを思うと、カマエルへの同情の念が起こっていた。
アーロンを倒すための最強の助っ人とはいえ、リアンは、重い荷物をまた一つ背負わされた気分になっていた。
その日の朝は直ぐにやって来た。空船アルカの先端部分の甲板には、リアン、ステラ、カマエルの三人が普段着で立っていて、少し離れた所に、ノア、ガーベラ、アリエルが神妙な顔で彼らを見送っていた。
「では、ノア様行って参ります。必ず、カマエル共々無事帰って来ます!」
「うむ、リアン頼んだぞ。カマエル、リアンを助けてやってくれ。必ず生きて帰るんだぞ」
「はい、お父様!」
「カマエル……」「お姉さま!」
気丈なガーベラが瞳を濡らし、妹のアリエルと共に、言葉少なにカマエルを見送る。
「お母様、私には最強の戦士と女神様がついていますから、心配なさらないで。
アリエル、お父様とお母様の言う事をよく聞くのよ。留守を頼むわね」
笑みを浮かべたカマエルの声が響き終わると、リアンは、黄金の魔法陣が浮き出た右の掌を天空に翳した。
掌の魔法陣は、ノアによってリアンが願えば何時でも浮き出るようになっていた。そして、
「時の神クロノスの名において命ずる、出でよ、タイムリング!!」
リアンの叫びが天空に響くと、彼らの頭上に直径十五メートル程の黄金の魔法陣が忽然と姿を現わした。
それは、リアンの掌の魔法陣と全く同じ、タイムリングの本体である。
「タイムリングよ、時を遡り、アーロンがこの国を侵略する前日に我らを導き給え!」
続けてリアンが詠唱すると、頭上の魔法陣から光が放たれ、彼らの足元にもう一つの魔法陣が創り出された。二つの魔法陣に挟まれた形のリアンたちは、ゆっくりと浮き上がっていく。
彼らが、上下のリングの中間付近に静止するのを待って、リングはゆっくりと反時計方向に回転を始めた。時計方向に回転すれば未来へ、反時計方向に回れば過去へ行けるのである。
徐々に回転が加速していく二つのリング。加速するにつれて、中心部に浮かぶリアンたちの周りの空間が、強い重力によって歪みが生じると、思わず彼は、ステラとカマエルを両腕に抱きしめた。
そして、二つのリングの回転速度が一定速度に達して、魔法陣の中の数字や古代文字が目まぐるしく変化したかと思うと、二つのリングは互いに引き合う様にその間隔を狭めていった。
更に接近する二つのリング――。リアンたちが、そのリングに押しつぶされそうになったその刹那、凄まじい光と共に、タイムリングと彼らの姿は、音も無く、忽然と掻き消えた。
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