第24話 光魔法具師ノア①
リアンたちが、やっとの思いでノアとの遭遇空域に到着したのは、予定時間である正午の数分前だった。
彼らがそこで目にしたのは――、甲高い鳴き声を響かせながら地上から湧き上がって来る、おびただしい数の鷲の魔獣軍団だったのだ。鷲の魔獣の背中には、アーロンを始め、半魔獣となった数百の黒騎士達が分散して乗っていて、総攻撃の態勢を取っていた。
「アーロンめ、ここが勝負どころと出てきおったか……」
ルークが、宿敵の出現に顔を顰める。彼の脳裏には、十数年前アーロンと戦って惨敗した苦い経験が蘇っていた。
「リアンにタイムリングを使われては、アーロンも手の打ちようが無いからな。奴が出て来たとなると、儂らも肚を括らねばならんようだな」
ローマンとルークが、厳しい顔で頷き合った。
「やれやれ、……どうやらお別れのようじゃな、リアン」
シルフが、何時にない優しい目で言う。
「? シルフ様、お別れって何のことです?」
怪訝な顔をシルフに向けるリアンに、厳しい口調でルークが言い放った。
「リアン、お前一人でノアの船に乗れと言っておるのだ。それまで、儂らが奴らを食い止める!」
「えっ!? 何を言うんですルーク様! あなた方を犠牲になどできません。魔獣軍団は、私がフレア攻撃で壊滅させます!」
リアンが、何を言っているのかとルークに食って掛かった。今迄一緒に戦って来た彼らを犠牲にするなど、優しいリアンには到底考えられない事だったからだ。だが、
『リアン、ここは、ルピナス国の首都の真上なのよ。彼らをフレアで攻撃したら、地上の多くの人が巻き添えになるわ。今回はフレアを使う訳にはいかないのよ』
ステラの声が、頭の中で冷たく響く。
「だったら、炎の剣で薙ぎ払うだけです!」
譲らないリアンに、ルークが諭すように言った。
「リアン、よく考えるんだ。この機を逃せば、今までの苦労が全て水の泡になってしまうのだぞ。この世界を、そして、アーロンによって非業の死を遂げた多くの人達を救う為に、儂らは戦って来たんじゃないのか?
……心配するなリアン。お前が過去のアーロンを倒せば儂らは生き返るはずだ。また会えるではないか」
「師匠!……あうううーーッ!!」
頭では分かっていても認めたくはない――。感極まったリアンの目から涙が溢れ、嗚咽とも咆哮ともつかぬ声が漏れ出た。
その時である。リアンのぼやけた視界に、巨大なノアの空船アルカが、忽然と姿を現したのである。それは、全長百メートルほどの白い帆船で、船全体が淡い青の光で覆われていた。
「行け、リアン! この世界を救うにはこの選択しかないのだ!」
「儂らの死を無駄にするでないぞ。リアン、また会おうぞ!」
「リアン、お前ならアーロンを必ず倒せる。頼んだぞ、ノア様によろしく伝えてくれ!」
それぞれに別れを告げたルーク、シルフ、ローマンは、リアンを風の精霊たちに預けると、アーロンの軍隊を迎え撃つべく、ノアの空船を越えていった。
涙に暮れるリアンは、半ば強制的に風の精霊たちに運ばれ、ノアの船の甲板に降り立った。
船の右舷に目をやると、アーロン達が乗った鷲の魔獣軍団が、奇声を轟かせて迫って来ていた。その軍団に向かって、ルーク、シルフ、ローマンの三人が炎、雷、風の武器を操りながら猛然と突進していく。
やがて――、彼らの雄姿は、魔獣の群れの中に消えた。
「ルーク様――ッ! シルフ様――ッ! ローマン様――ッ!!」
船のデッキの手摺を掴んだリアンが、彼らの名を呼んで泣き叫ぶ。
そこへ、アーロンの乗った魔獣が目と鼻の先に迫った。アーロンが怒りの表情でリアンを睨み、何かを叫びながら剣を振り上げた刹那、空船アルカは異空間へと滑り込み、その空域から跡形も無く消えていった。
戦いの連続で疲れ切っていたリアンは、ルークたちを失ったショックも相まって、その場にへたり込むと、一気に意識は遠のいていった。
次の日の朝、リアンは船内の一室のベッドの上で魘されていた。
「……ルーク様―ッ!!」
彼は悪夢に魘され、自分の叫び声で目を覚ました。掛け替えのない師匠と仲間を失うという悪夢、それが、取り返しのつかない現実の出来事だと虚ろな脳が認識すると、リアンは呻きにも似た声を発してベッドに顔を埋めた。
「ウグッ!」
「リアン、彼らの事は、本当に悲しい出来事だったわ。気が済むまで泣きなさい」
突然聞こえて来た女性の声、それは、暖かく心に沁み入るような声だった。リアンが、その声に身を起こすと、赤みを帯びたブラウンの髪に、深い碧の瞳の女性が微笑みかけていた。
「貴女は?」
「私は、ノアの妻のガーベラよ、よろしくね」
青いドレスに身を包んだ彼女は、リアンに寄り添うようにベッドに腰を下ろすと、そっと彼を抱きしめた。
「ガーベラ様……」
一瞬戸惑いを見せたリアンだったが、彼女の匂いや温もりが、面影さえ知らぬ母への思いと重なると、堰を切ったように涙が溢れ、声を上げて泣きだした。「母さん!」と。
リアンがガーベラの胸に顔を埋めて泣いている間、彼女は、優しく彼の背中を撫でてくれていた。
ひとしきり泣いたリアンは、我に返り、恥ずかしそうに彼女の胸から顔を離した。
「すみません、私には母の記憶がありません。私が勝手に思い描いた母親像に貴女は似ているのです」
「いいのよ、こんなおばあちゃんで良かったら、いつでも甘えに来て」
ガーベラは、リアンの頬の涙をハンカチで拭いてやりながら微笑んだ。
「ありがとうございます。何だか母に愚痴を聞いてもらったようで、気持ちが楽になりました」
「そう、よかった。あなたの事は聞いているわ。この世界を救う為にノアに会いに来たんでしょう。彼は今、可愛い女神様と話しているわ」
「ステラ様と?」
リアンは、星の剣が手元にない事にも気づいていなかった。その時、廊下の方から話し声が聞こえて来た。
「あ、いらしたようね」
ガーベラがドアの方を振り向くと、少し間をおいて、ノアとステラが顔を出した。
「リアン、大きくなったな。待ちかねておったぞ」
大柄の彼は、親し気な笑みを湛えながら、リアンのベッドの横の椅子に座った。ノアは、五百歳くらいのはずであるが、見た目は四十代くらいにしか見えなかった。数百年もの間、この世界を見続けて来たその目には、底知れぬ深みのようなものが感じられた。
「お世話になっています。……ノア様は私の事をご存じなのですか?」
ペコリとお辞儀をしたリアンは、訝し気に訊いた。
「憶えておらぬのも無理もなかろう、お前がまだ二つか三つの時だったからな。実を言うと、お前のご両親は魔法具師で、儂の弟子だったのだ。当時、アーロンはタイムリングのことを探っていた節があった。サタンハートによって永遠の命と力を手に入れたアーロンに、タイムリングまで取られては世界の破滅を招くと判断した儂は、ご両親と相談して、お前の中にタイムリングを隠したのだ。だが、儂が留守をしている間に、ご両親はアーロンの手にかかって死んでしまった。皆、この儂の責任じゃ、許してくれ」
ノアは、リアンに深々と頭を下げた。
「……私の両親もアーロンに殺されていたんですね。ノア様、全ての元凶はアーロンです、貴方に罪などありません」
「その通りですわ。ルーク様、シルフ様、ローマン様も含めた全ての犠牲者を救う為にも、過去のアーロンを一刻も早く倒さねばなりません!」
ノアの傍らで二人の話を聞いていたステラが、話の核心に触れた。
「そうだったな。では、本題に入るとしよう。過去へ行く事については、既にクロノス様から許可を頂いておるから心配はいらん」
「良かった! その事が一番気掛かりだったんです」
リアンとステラの顔が綻んだ。
その後リアンたちは、サタンハートへの対応策と、タイムリングの起動方法などを、ノアから聞いた。
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