第20話 完全魔獣化軍団


 空中で死んだように動かなかったリアンが、元気に動き出したのを見て、ルークたちはホッと一息ついた。

 

「どうやら、リアンは大丈夫のようじゃな、心配させおって。さて、先を急ぐとするか」


 シルフが、リアンの居る方へ絨毯を進めようとすると、

 

「いや、戦いはまだ終わってはおらんようだ。見ろ、転送魔法陣がまた現れたぞ!」


 ローマンの指差す方には、巨大な赤い転送魔法陣が、再び姿を現していた。リアンもそれに気付いたのか、魔法陣の方へ向かい始めていた。




 転送魔法陣の近くでは、鷹の魔獣の長であるホークと側近達が、向かって来るリアンを警戒していた。


「ホーク様、あんな攻撃をされたら、一溜りもありませんぞ!」


 側近の半魔獣が狼狽えるように言った。ホークとその側近だけは、半魔獣となっても顔に嘴は無く、話す事ができるのだ。


「戯け、狼狽えるな! アーロン様の命を受けた我ら鷲の魔獣軍団が負けるはずもない。この転送魔法陣さえあれば、魔獣はいくらでも召喚できる。奴らが、我ら魔獣の本当の恐ろしさを思い知るのはこれからだ。

 出でよ、我が魔獣軍団! 奴らを叩きのめすんだ!!」


 ホークの重低音の一声で魔法陣から現れたのは、巨大な鷲の魔獣だった。

 彼らは、人間らしいところは一つも無い完全なる魔獣で、翼の両翼が三十メートルを越える巨大さである。鋭い獣の目を光らせ、大きな羽根を広げて悠々と飛ぶ姿は、空の王の威厳さえ感じさせる。

 天空に浮かぶ魔法陣を擦るようにして、次々と現れた巨大魔獣の数は、五十体にも及んだ。

 


『リアン、今度の敵は手応えがありそうね』


「そのようですね。取りあえず炎で探りを入れてみます」


 リアンは、星の剣を構えてゆっくりと魔獣軍団に近付くと、遠距離からの強烈な火炎攻撃を繰り出した。天空に弧を描いた炎が鷲の魔獣を完全に捉えたが、次の瞬間には、魔獣は何事も無かったかのように炎の中を突き進んで来る。


「やはり、通常の攻撃は効きませんね。完全魔獣化した彼らの羽根は、鋼のように硬い装甲の役目もしているようです」


 リアンはそう言いながらも、さして動揺している様子は無かった。


『で、どう攻めるつもりなの?』


 ステラが訊いてくる。今回の彼女は、リアンを心配してか口数が多い。


「私には、この星の剣しかありませんから、地道に正攻法で戦うだけです」


 リアンは星の剣を握り締めて、先頭を来る鷲の魔獣に接近していった。鋭い爪が生えた四本の足は、リアンの胴を掴めるほど大きく、鋼のような羽根は小刻みに震え、金属音に似た音を発していた。彼らは、半魔獣とは完全に別物である。


 接近したリアンに、魔獣は、足で牽制しながら、頭を前後に動かして嘴攻撃を加えて来た。一瞬、頭が幾つにも見えるその動きは、身体の大きさから言えば考えられないほどの速さである。

 リアンは、その嘴攻撃を躱してすれ違う瞬間、魔獣の首の後ろに星の剣を打ち込んだ。だが、ガシャッ! と、強烈な金属音はしたものの、魔獣に傷一つ与える事は出来なかった。前方には、次の魔獣がすぐそこに迫っていた。


「これならどうだ!」


 リアンが、星の剣に捻りを加えながら放った炎が、螺旋を描きながら魔獣の顔面を捉えた。回転を加える事で炎の威力を上げ、尚且つ、弱い目を狙ったのだ。大きな目を焼かれた魔獣は、そこから身体中に炎が回って、あっけなく消え去った。


『やるじゃない、敵の弱点はあの大きな目かもね。でも、次は簡単にはいかないわよ』


 ステラの言ったように、魔獣達は鋼のように硬い羽を盾として、頭部を防御し始めた。魔獣の硬い羽には、螺旋の炎も通用しなかった。



 リアンの炎の攻撃が効かないと知った鷲の魔獣達は、得意の編隊飛行へと転じた。

 彼らの鋭い目はリアンを捉えて離さず、金属が擦れるような羽音は、心をかき乱す程に大きく鳴り響く。足の四本の爪を大きく剥き出した魔獣達は、今にも掴みかからんばかりに、一列縦隊となって突進して来た。


 彼らは、リアンと交差する瞬間に、巨大な刃のような鋼の翼を叩きつけるように揮って来た。彼がそれを星の剣で受けると、激しい閃光が走り、身体ごと持っていかれそうな衝撃に襲われた。


(ウウッ、さすがに完全な魔獣、パワーが桁違いだ!)


 このままでは力負けしてしまうと思ったリアンは、次の瞬間、剣を滑らせるようにして翼を受け流したのである。

 次々と飛来する魔獣の翼攻撃を、絶妙に受け流しながら、リアンは次の一手を考えていた。


(今の星の剣のパワーでは、魔獣の鋼の羽根を打ち砕く事はできない。ノアとの遭遇に間に合わせる為には、パワーアップして、彼らとの闘いを早く終わらせなければ)


 高度な魔法具は、使う者との信頼関係の強さによって、発揮される力も変わって来る。故に、星の剣の最高の力を引き出そうと思えば、星の剣(ステラ)への一点の曇りも無い“信”が必要なのである。今の星の剣とリアンの信頼関係は、まだ、完璧なものとは言えなかった。



 第一波の攻撃を終えて通り過ぎた魔獣達は、大きく旋回すると、さらにスピードを上げて攻撃態勢に入った。


「よし!」


 気合を入れたリアンは、次の瞬間とんでもない行動に出た。――それは、アポロンの鎧を脱ぎ捨て、襲い来る魔獣達に向かって両手を広げ、生身の身体を投げ出したのだ。


『?!』


「星の剣よ! これが私の貴女への信の証です。受け取り給え!!」


 リアンの、命懸けの叫びが星の剣に響き渡ると、刀身から出ていた赤い炎が、黄金の凄まじい炎へと変化してゆき、再び彼の身を包んだアポロンの鎧も、黄金色に輝きだしたのである。


『あなたバカなの! まったく……』


 ステラも、余りの事に驚きを隠せなかったが、命懸けで彼女への信を証明したリアンを認めない訳にはいかなかった。


「すみません、この方法しか浮かばなくて……」


 次の瞬間、リアンが揮った黄金の星の剣は、襲い来る魔獣の鋼の翼を、いとも簡単に切り裂いていた。


 翼を斬られた魔獣は、バランスを崩しながらも何とか片翼で踏ん張っていたが、突然一鳴きして身体を大きく震わしたかと思うと、翼の切り口から新たな翼がニョキニョキと生えて来たのだ。


「えっ、そう来るか!?」


『彼らには再生能力も備わっているようね。さすがに魔獣というだけのことはあるわ』


 魔獣との闘いが初めてのリアンは、驚きはしたが、直ぐに頭を切り替えた。最初の魔獣は、炎で目を攻撃して倒せたのだから、頭を斬り落とせば再生しないはずだと考えたのである。

 ただ、彼らの首の直径は一メートル近くもあり、分厚い鋼の羽根で覆われている。更に、首の上には巨大な嘴という凶器があるから、正面から近寄る訳にはいかなかった。


(星の剣はパワーアップしたとはいえ、巨大な魔獣を一撃で焼き殺すほどの力は無い。ここは、魔獣の背中に回って首を狙うしかないだろう)


 反転したリアンは、態勢を立て直そうとしている魔獣に突進していくと、相手が攻撃を仕掛けて来た瞬間、身を躱して背後へと回り、その首元に星の剣を打ち下ろしたのである。

 魔獣は、反射的に翼で首を護ろうとしたが、リアンが気合一発、翼もろとも頭を斬り落とすと、鷲の魔獣は断末魔の声を上げながら、煙となって消えていった。


(頭を落とせば再生はできないのだ。これなら勝てる!)


 リアンは、群がる巨大な魔獣達を睨むと、黄金の光を放つ星の剣を構えて、突っ込んでいった。


「ウリャ――ッ!!!」


 必死に星の剣を揮いまくったリアンが、ふと気付いた時には、彼の目の前から敵の姿が消えていた。彼は一人で、五十体もの鷲の魔獣を殲滅していたのだ。




「リアンのやつ、黄金色になったら急に強くなりおったな。あれだけの巨大魔獣を簡単にやっつけてしまったわい」


 シルフが、顎に小さな手を当てて、唸った。



「……」


 遠くから、忌々しそうな顔でリアンを見つめていたのは、鷲の軍団長ホークだった。


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