第19話 こんなはずでは②
「ルーク、待たせたな」
ルークが突風で飛ばされた先には、魔法の絨毯に乗った、シルフとローマンの笑顔があった。彼の窮地を救ったのは、風の妖精シルフだったのである。
「シルフ、今のはお前の仕業だったのか……。何故来たんだ、早く逃げろ!」
ルークは、笑顔を作る事もせず、迫りくる鷲の軍団に目をやりながら、手を払って二人に行けと促した。
「ご挨拶じゃな。何故来たって? 戦いに来たに決まっとろうが」
「バカを言うな! シルフ、儂にはもう体力は残っておらんのだ。お前だけでどうやって奴らと闘おうというのだ。儂は良いからお前たちだけでも逃げるんだ!」
せめて、シルフたちだけでも助かってほしいと、ルークが必死に説得するが、
「ふん、これでも妖精の端くれじゃぞ。友を捨てて逃げ帰ったとあっては、風たちの物笑いじゃ。そんなことは出来ん!」
シルフたちは、頑として動こうとはしなかった。
「ルーク殿、及ばずながら儂も戦いますぞ!」
背丈ほどもある黒い杖を持ったローマンが、自信たっぷりに胸を張る。
「ローマン、年寄りの出る幕ではない、引っ込んでおれ!」
魔法具師に、戦いなど出来ぬと決めつけているシルフが、可愛く怒鳴る。
「風の妖精殿、聞き捨てなりませんな。歳というならあなたの方が年上では御座らぬか、心配は御無用に願いたい。これでも、当代随一の闇魔法具師じゃ、武器となる魔法具くらい持って来てござる。ご覧あれ!」
ローマンは足を開き踏ん張ると、殺到して来る鷲の半魔獣達に向かって、持っていた黒い杖の頭を突き出した。
「雷の杖よ、奴らを打ち砕け!」
詠唱するや、杖の先端から青白い稲妻が放たれて、先頭を来る鷲の半魔獣に命中した。
「ウギャア!!」
稲妻を真面に食らった半魔獣は、翼をもがれて落ちて行った。
「ほおー、こいつは驚きじゃ。見直したぞローマン!」
思ってもいなかった戦力に、シルフの顔も綻ぶ。
「何の。大事の時に、皆の足を引張る訳にはいかんからな。精一杯戦わせてもらおう」
シルフとローマンが、がっちりと手を組んだ。すると、
「……二人とも迷惑をかけてすまん!」
感極まった様子のルークが、二人に頭を下げた。
「ルーク、お前と儂とは一心同体じゃ、一人で死なせるわけにはいかんじゃろう。どうじゃ、戦えそうか?」
「ああ、氷の槍なら出せそうだ。風で撃ちこんでもらえるとありがたい」
「お安い御用じゃ。おっと、奴らが来るぞ!」
シルフと共に空中に浮きあがったルークは、魔法で生成した鋭く尖った氷柱を、次々と宙に浮かせてシルフに委ねた。シルフは、それを強風に乗せて、機関銃のように鷲の半魔獣達に浴びせていった。
多勢に無勢ではあったが、魔法の絨毯が縦横無尽に変化して、敵の攻撃から彼らを護ってくれたのは大きかった。
ルークたちが、氷の槍と雷で懸命に戦い続けた結果、三十体ほどの半魔獣を、全て倒すことが出来たのである。
「ふう、二人とも見事な戦いだった、ありがとう。さて、リアンが心配だ、戻ろう」
「あいよ」
「うむ」
彼らは、敵の本体目指して、絨毯を飛ばした。
黒い球体と化した鷲の大編隊の中では、相変わらず、リアンが敵の攻撃に晒されていた。彼の身体は、アポロンの鎧に護られて傷こそなかったが、手も足も出せぬ無力感や挫折感に苛まれ、心は崩壊寸前だった。
(……こんなはずでは……)
リアンは、できる事ならステラに頼りたくなかったが、最早そんなことは言っていられなかった。
「ステラ様!!」
リアンがステラの名を叫んだその時、アポロンの鎧の表面を流動していた赤いマグマのような炎が、突然、黄色に、そして、超高温の白い炎へと変化していったのだ。
そして次の瞬間、アポロンの鎧を包んだ凄まじい炎が、爆発的に膨張したかと思うと、リアンを囲んでいた鷲の半魔獣軍団を、一気に飲み込んだのである。
白い炎に包まれた彼らは、悲鳴を上げる間もなく、焼き尽くされてしまった。
やがて、ギラギラと輝く太陽のように空を焦がしていた炎は収まり、アポロンの鎧は元の赤へと戻った。リアンは、何が起こったのか訳が分からなかった。
一方、リアンを心配して、向かっていたルークたちも、鷲の軍団が一瞬で炎に包まれ全滅するのを絨毯の上から見ていた。爆風は、彼らの所にも及んだが、絨毯に護られて大事には至らなかった。
爆炎が収まって、ルークたちの目に入って来たのは、死んだように空中に浮かぶアポロンの鎧と、離れた所に居て難を逃れた、鷲の軍団長ホークと数人の側近の姿だけだった。
「……何というパワーなんだ。あれがアポロンの鎧の真の力なのか!」
「凄まじいにも程があると言うもんじゃ。もう少し近付いていたら、こっちも丸焼けになるところじゃったぞ」
「流石は神の力じゃな、恐れ入った」
アポロンの鎧の破壊力に、ルークたちも驚きを隠せない。彼らは、リアンが窮地に陥っていた事は予想できても、黒い球体の中で、何が起こっていたのかは知る由も無かった。
放心状態から抜け出したリアンは、波間を漂う様に無造作に宙に浮かんだまま、ステラに訊いた。
「……ステラ様、今のは貴女が?」
『そう、“フレア”という武器よ。それにしても、初めての戦いとは言え無様だったわね。見ていられなかったわ』
「……すみません」
ステラの冷たい言葉に、リアンは更に落ち込んだ。
『なんてね、冗談よ。私が想定していたより魔獣達の動きが完璧すぎたのは意外だったけど、星の剣での初陣はこんなものよ。最初から上手く操れる人なんていないから、落ち込むことは無いわ。
それで、反省会だけど、貴方は今の戦いの敗因は何だと思うの?』
問われてリアンは、まだ衝撃や騒めきの残る頭を絞った。
「とっさの判断ができず、躊躇したことでしょうか」
『何故動けなかったの。私を振り回しながら、何処か一点を突っ切れば何てことなかったのに』
「確かにその方法も頭にありましたが、奴らの動きに気圧されたのかも知れません。自分の弱さに負けたとでも言いますか……」
『そう、そこよ! 星の剣から与えられた達人級の剣技や作戦といっても、実戦の中でその力が出せるかどうかは、使う者の心の強さによるの。あなたの心が弱ければ大きな力を発揮することは出来ないのよ。だから負けた』
「……」
何も言えないリアンの頭の中で、ステラの声が更に響く。
『リアン、貴方はイベリスに会いたいんじゃなかったの?』
「会いたいです」
『アーロンに殺された多くの人を救いたいんでしょう?』
「救いたいです」
『この世でイベリス達を救えるのは誰なの!』
「私しかいません!」
『戦うのは誰! 星の剣なの? アポロンの鎧なの?』
「私です!」
『なら、勝ちなさい。二度と負けることは私が許さない!』
「はい、次は負けません!」
『私の本当の力が欲しいなら、自分を信じなさい。そして、私を信じるの。分かった!』
「分かりました!」
リアンは、何の為という原点がぶれていたことに気付いた。そして、強くなるには、星の剣に対する自分の心こそが大事なのだと、悟ったのである。
ステラの厳しくも暖かい言葉が心に沁みて、リアンの肚が決まると、アポロンの鎧はひと際赤く輝き出した。
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