第18話 こんなはずでは①
『リアン、存分に戦いなさい!』
「了解!」
ステラの声に呼応したリアンは、迫りくる鷲の半魔獣軍団を迎え撃つべく、飛行体勢に入った。星の剣を握った彼には、剣技や戦術など、戦いに必要な力が自然に備わっていた。
鷲の先頭集団が射程距離に入ったことを見極めたリアンが、気合もろとも、星の剣を横一文字に振り抜くと、剣先から噴き出した凄まじい炎が、天空に巨大な弧を描いて鷲の半魔獣たちを薙ぎ払った。
「グワッ!」
炎の直撃を受けた十数体の半魔獣たちは、悲鳴と共に炎に包まれ落ちて行き、やがて、黒い霧となって消えた。彼ら魔獣は、死ねば雲散霧消してしまうのだ。
それを確かめたリアンは、次の攻撃へと移っていった。
星の剣の数回の攻撃で、大打撃を受けた半魔獣達は、一斉に羽ばたきを止め、進撃のスピードを落とした。
彼らが戸惑いの動きを見せたその時である、銀色の翼の隊長ホークが、凄みのある低い声を後方から響かせた。
「散開せよ!!」
次の瞬間、彼らは瞬時に四方に散開すると、リアンから百メートルほどの距離を取って、包囲する隊形へと転じた。それは、卒のない見事な動きだった。
(凄い! 見事に統制が取れている。奴らは只の半魔獣ではない)
リアンが感心していると、彼を完全に取り囲んだ鷲の軍団は、そのままの距離をとりながら、彼を中心にして大きく旋回し始めた。
最初はゆっくりと回っていた半魔獣たちだが、徐々にスピードを上げて目では追えないほどの高速飛行になると、個体と見えていた彼らの姿が連なって黒い壁となり、やがて、巨大な黒い球体へと変わっていった。羽が風を切る音が、不気味に響く。
黒い球体と化した鷲の包囲網の中で、陽の光を完全に遮られたリアンだったが、アポロンの鎧が消える事は無かった。この鎧は、陽が沈まない限り消えはしないのだ。薄闇の中で、アポロンの鎧と星の剣は、いや増して輝いて見えた。
黒い壁に風穴を開けようと、リアンが星の剣を構えたその時、不気味に響いていた羽音が突然変わったかと思うと、鷲の半魔獣の一隊が、黒い弾丸となって突進して来たのだ。それは、全方向からの、予測できない攻撃だった。
「何っ!」
リアンは、一瞬どう対応したものかと動きを止めた。だが、その一瞬の迷いが苦境を招く事になる。
黒い弾丸となってリアンに接近した半魔獣達は、擦れ違い様に、足の鋭い爪や嘴、三日月形の大剣を、彼に浴びせては遠ざかっていく。それが、あらゆる方角から、間を置かずに行われるのだ。リアンは、それを防ごうと懸命に剣を揮って応戦したが、その内、防御が追い付かなくなってしまった。
「ううっ!」
連続した衝撃がリアンを襲う。アポロンの鎧のお陰で、身体に大きなダメージは無かったものの、彼らの武器は、確実にリアンを捉えていた。
上方から叩きつけるような衝撃を感じた刹那、次は、下方から突き上げる衝撃が襲って来る。それが、前後左右から間断なく繰り返されるのだ。
半魔獣達の執拗な攻撃に翻弄されるリアンは、落としそうになる星の剣を、必死に掴んでいるのが精一杯だった。
苛立ち、気持ちが切れかかったリアンには、半魔獣達の嘲笑う声が、そこかしこから聞こえて来るような気がした。
(くそっ、どうすればいいんだ!)
リアンは、最強の武器を手にしながら、どうする事もできない自分が歯がゆかった。
「何も見えんぞ、あの中で何が起こっていると言うんじゃ!」
遠くからリアンの戦いぶりを見ていたシルフが、苛立ちを見せる。
「半魔獣たちの動きに乱れが無い。どうやら、リアンは苦戦しているようじゃ」
ローマンも神妙な顔で黒い球体を睨む。
「……」
「ルーク、何とかなら……、ん、ルーク! どうするつもりなんじゃ?!」
シルフが、何も答えぬルークを振り向いた途端、彼は絨毯を蹴って宙に舞っていた。彼は、リアンの窮地を指を銜えて見ている訳にはいかないと、痺れを切らして飛び出したのだ。
風の魔法で空を飛び、彼らの巨大な黒い球体に近付いたルークは、火の魔法で火炎弾を作り出すと、球体のど真ん中に撃ち込んだ。だが、高速で飛行している彼らは、一瞬炎に包まれるも、ダメージを与えるまでにはいかなかった。
「ならば、これならどうだ!」
ルークは必死の形相で、あらん限りの魔力を使って、巨大な火炎弾を連続で撃ち込んでいった。同じ部分に火力を集中した事で、流石の鷲の半魔獣達も、一体、二体と燃え上がって落ちていく。
「まだまだ!!」
ルークは、猶も必死に火炎弾を撃ち続ける。ステラによって魔力を完全に回復したルークだったが、最大パワーの魔法攻撃を長時間続ける事は出来なかった。全力での魔法攻撃は、体力と魔力の消耗が激しいのだ。
彼は、暫くすると攻撃を中断して、喘ぐような息をしながら呼吸を整えなければならなかった。
結局、十体ほどの半魔獣を撃ち落としたものの、大編隊の壁を崩すには至らなかった。
「ハァハァ、くそっ、体力の限界か……、ハァハァ、年は取りたくないな」
ルークが、息も切れ切れに呟いたその時、球体を形成している大編隊から、三十体ほどの半魔獣が離脱してこちらに向かって来るのが見えた。ルークには、彼らを倒すだけの体力は、もう残っていない。
(どうする? このままシルフたちの所へ戻っては、敵を案内するようなものだ。かといって、このまま戦えば確実に死ぬ!)
だが、ルークの決断は早かった。彼は、一体でも多くの魔獣を倒し、リアンを援護して死のうと決めたのだ。
ルークは、向かってくる鷲の半魔獣の一団の前まで全力飛行すると、シルフたちが居る所とは反対方向へと急旋回した。ルークは、彼らを出来るだけシルフたちから引き離そうとしたのだが、鷲達の飛行速度は速く、すぐに追いつかれてしまった。
「これまでか……」
ルークが逃げるのを止めて後ろを振り向くと、何体もの鷲の鋭い目が、すぐそこにあった。彼は咄嗟に、火炎弾を撃って一体は撃墜したものの、次は間に合わなかった。鷲の半魔獣の鋭い爪と、鈍く光る大剣が眼前に迫ると、ルークは観念した。
「リアン、何とか窮地を脱してくれ……。後は頼んだぞ!」
その刹那、凄まじい突風が吹いて、大剣を振り下ろした半魔獣の視界から、ルークの姿が忽然と消えた。
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