第17話 アポロンの鎧


 リアンたちを乗せた魔法の絨毯は、暗い空を風に乗って疾走していく。風の妖精であるシルフのお陰で、寝ていても風が勝手に運んでくれている。


 五人が、伝説の魔法具師ノアに会うべく、夜を徹して向かっているのは、皮肉にも、彼らの故郷ルピナス国だったのである。


「まったく、モグモグ、捜していたものが、ゴックン、自分達の国の空の上だったとはお笑いじゃ」


 食べ物なら何でも出せるという、魔法のトレイの前に座り込んだシルフが、好物の鳥のもも肉を頬張りながら言った。

 ちなみに、このトレイは、シルフがローマンの所から勝手に持ち出したものだ。


「ノア様は妻のガーベラ様と共に、空船アルカに乗って、この星の上空を三十日周期で巡っているんです。異空間を進んでいる為、通常は目に見えないのですが、ルピナス国の上空で一瞬姿を現します。それが、今日の正午なんです。これを逃すと、又、一月待たねばなりません」


 リアンが、シルフの言葉を補足するように言った。彼の頭の中には、クロノスが残してくれたノアの情報が詰まっている。


「正午か、モグモグ、もうすぐ夜明けだから、それ迄には着けそうじゃな」


「そう簡単にいくかしら。アーロンほどの魔法使いなら、私達の動きを既に察知していているかも知れないわ。黒騎士達を迎え撃つ、心の準備はしておくべきね」


 星の女神として、リアンの願いを叶えさせる使命があるステラが、のんびりムードに釘を刺した。


「ステラ様、黒騎士たちは空も飛べるのですか?」


 人間の黒騎士しか知らないリアンが、訝し気に訊いた。


「リアン。黒騎士たちは人間に化けているが、その正体は、アーロンが魔界から召喚した魔獣たちなんだ。彼らの軍団は、蛇、象、豹、鷲と、四つの隊に分かれているんだが、今回来るとすれば、空を飛べる鷲の軍団だろう」


 十数年前に魔獣軍団と戦ったことがあるルークが、当時のことを思い出してか、厳しい顔をリアンに向けた。


「魔獣……ですか」


「そうだ。これから、お前が戦うのは、人間の何十倍もの力を持っている悪魔なのだ。だから、殺すことに躊躇はするな。鬼になって戦うんだ。

 ……リアン、この戦は、儂がお前を誘った事から始まった戦だ。儂の代わりに、お前に多くのものを背負わせてしまったことを、本当に申し訳なく思っている。だが、戦いが始まった以上勝たねばならん。アーロンを倒すその日まで、勝って勝って勝ちまくるんだ。断じて生き抜くんだ! 死ぬんじゃないぞ、リアン!」


 ルークの火を吐くような言葉がリアンの心に突き刺さった。心で泣いているであろう有難い師匠の思いに、リアンは、


「大丈夫です、任せて下さい!」


 と、力強く答えた。



「ん……、何やら風が騒めき始めているようじゃぞ。リアン、準備をしておけ!」


 不穏な気配を感じたシルフが、食べる手を止めて、何時にない厳しい表情になった。


「分かりました。……で、どうすればいいんです?」


 アポロンの鎧の出し方も分からないリアンが、ステラに助けを求めた。横でシルフがずっこけている。


「リアン。太陽が出ている間はアポロンの鎧が、月の出ている時はアルテミスの鎧が貴方を護ってくれる。あとの細かい事は私が指示するから心配いらないわ。

 ただ、魔法具を頼り過ぎないでほしいの。あくまで、戦うのは貴方なんだからね。星の剣と、二つの鎧の力をどれだけ引き出せるかは、貴方自身の強い心だという事を忘れちゃだめよ。でも、今回は初戦だから、ウオーミングアップのつもりで気楽に戦うといいわ」


 ステラは、リアンに悪戯っぽい微笑みを見せて、ルークたちを振り向いた。


「敵が来たら私達は斬り込みますから、ルーク様とシルフは、ローマン様を護って、できるだけ私達から離れていて下さい」


「あいよ」


「承知しました……」


 二人が応えたが、ルークは元気が無い。


「ルーク様、心配は要りませんよ。リアンには私が付いていますから」


 ルークの心中を察したステラが笑顔を送ると、彼は、「宜しくお願いします!」と頭を下げた。


「じゃあ、星の剣に戻るわね」


 次の瞬間、ステラは光の中に消えて、星の剣へと姿を変えた。その剣を背負ったリアンは、それだけで不安は消え、身体中に力が満ちるのを感じた。


(よし、やれる!)


 気合を入れたリアンは、風の魔法で浮き上がり、ルークたちの乗った絨毯から距離をとった所で、星の剣の柄に手を掛けた。折りしも、東の空から巨大な太陽が顔を出すところだった。


『リアン、アポロンの紋章を太陽に翳して!』


 星の剣を引き抜ぬいたリアンの頭に、ステラの声が響く。彼は、「了解」と小さく呟くと、星の剣を天に突き上げ、赤い刀身に刻まれたアポロンの紋章を太陽に翳し、声高に詠唱した。


「アポロンの鎧よ、現れ出でて我を護り給え!!」


 太陽に準えた円の周りに、コロナの吹き出しをあしらったアポロンの紋章。それが、陽の光に照らされ光り輝いた刹那、リアンの前方の空間に、直径五メートルほどの、赤い光体のアポロンの紋章が具現化された。

 次の瞬間、剣を掲げて空中に浮かぶリアン目指して、輝きを増した赤い光体が一気に接近したかと思うと、彼の身体は真っ赤に染まった。


「?!」


 リアンが、反射的に目を瞑り身を固くするより早く、軽い衝撃が彼を襲った。リアンが恐る恐る目を開けると、その身体には、燃えるような赤の鎧が装着されていたのである。


 その鎧は、リアンの身体全体を覆っていて、唯一見えている目の部分も、透明シールドが施された完全防備である。その形はシンプルで、赤色の鎧の表面では、燃え盛る炎が蠢き、流動しているように見える。


 一方、星の剣は、リアンが鎧を装着した瞬間から、赤い炎を噴き出し始めた。

 彼が、試しに星の剣を横一線に払ってみると、火炎放射のような凄まじい炎が、剣先から噴き出し伸びて、虚空に巨大な弧を描いたのである。


(すごい! これなら遠くからでも敵を倒すことが出来る。それに、この鎧の着心地は最高だ。動きは俊敏で重さを感じないし、全力で剣を振り抜いても、体勢をキープできる。まるで、身体の一部のようだ)


 改めて、自分を包んでいるアポロンの鎧を見るリアン。その胸には、黄金のアポロンの紋章が浮き出ていた。




「ほう、あれがアポロンの鎧なのか。炎を纏っているようにも見えるが、ちと目立ち過ぎではないか。あれでは、敵を誘っているようなものじゃ」


 背丈ほどの黒い杖を持ったローマンが、隣でアポロンの鎧を満足げに見ているルークに意見を求めた。


「確かに。ですが、それだけ戦闘力に自信があるという事ではないですかな」


「うむ、見ものじゃな」


 ルークとローマンが、笑顔で頷き合う。


「そんな悠長なことを言ってていいのか? 儂らも、魔獣軍団の標的なんじゃぞ!」


 シルフが可愛い声で怒鳴った、その時、


『来るわよ!』


 ステラの声が彼らの頭に響くと、前方数百メートル先の空間に、直径五十メートルはあろうかという、巨大な赤い魔法陣が忽然と姿を現したのだ。


「何じゃあれは!」


「やはり来おったな。あれは、アーロンの転送魔法陣に違いあるまい!」

 

 驚くシルフに、魔法陣に詳しいローマンが断言する。



 やがて、巨大な魔法陣の二重円の内円部分が黒い闇色に変わると、そこから、黒い物体が次々と現れ出た。

 それは、胴体と両腕は人間だが、背には、両翼十メートルもの翼が生えており、顔には、鋭い嘴とギョロリとした大きな目が光る。そして、足には、獲物を鷲掴む鋭い爪が生えた四本の太い指があった。

 彼らは、黒騎士軍団の四天王ホークが率いる、半魔獣化した鷲の軍団である。


 アーロンの近衛兵ともいうべき黒騎士軍団は、スネーク、ジャガー、マンモス、ホークの四天王が、それぞれ二百五十人の家来を率いている。

 彼らは通常、黒の鎧にマントの騎士姿であるが、戦闘形態の第二段階の、半魔獣化になると、戦闘力は格段に上がる。そして、最終形態の完全魔獣化になれば、巨大化して戦闘力は更に倍加する、恐ろしい魔獣軍団なのである。


 この世で魔獣を動かす為には、強い魔力が必要である。アーロンが、千人もの魔獣達を常時動かせられるのも、全ては、サタンハートの無限ともいえる魔力のなせる業である。故に、サタンハートあってのアーロンとも言えるのだ。


 空を埋めた二百余りの鷲の軍団は、黒い塊となって太陽を覆いながら、真っ直ぐ、リアンたちに向かって来る。彼ら半魔獣の手には、三日月のような大剣が光っていた。


 初めての戦闘に臨むリアンは、ルークたちが乗る空飛ぶ絨毯を背に、星の剣を構えて息を呑んだ。 


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